ノックアウトマウス

ノックアウトマウスとは

ノックアウトマウス（knockout mouse）とは、遺伝子ノックアウトという技術を用いて、特定の遺伝子を意図的に働かなくさせた遺伝子改変マウスのことです。この技術は、遺伝子の機能解析において非常に強力なツールであり、特に、機能がまだ解明されていない遺伝子の研究において重要な役割を果たしています。

ノックアウトマウスの作成

ノックアウトマウスを作成する基本的な流れは以下の通りです。

1. 標的遺伝子の特定: 研究対象となる遺伝子をマウスのゲノムから分離します。そして、その遺伝子を含むDNA配列を実験室で作成します。このとき、遺伝子が機能しないように、その配列の一部を改変します。
2. 胚性幹細胞の採取: マウスの初期胚である胚盤胞から胚性幹細胞を取り出します。この胚性幹細胞は、試験管内で培養することができます。
3. 遺伝子導入: 作成したDNA配列を胚性幹細胞に導入します。電気穿孔法という方法で、細胞膜に微小な穴をあけ、DNAを細胞内に入れます。このとき、稀に細胞内の染色体にある元の遺伝子の場所に、新しいDNA配列が組み込まれることがあります。この現象を相同組換えといいます。
4. 相同組換え細胞の選別: 新しく組み込まれたDNA配列には、マーカー遺伝子が含まれています。このマーカー遺伝子を利用して、相同組換えを起こした細胞を選別します。
5. 胚盤胞への注入: 選別した相同組換え細胞を、別のマウスの胚盤胞に注入します。この胚盤胞を雌マウスの子宮に戻して出産させると、生まれたマウスはキメラマウス（複数の遺伝子型を持つマウス）になります。
6. 交配: キメラマウスのうち、生殖細胞に遺伝子改変が起こっているマウスを選び、交配を繰り返すことで、目的の遺伝子が完全に不活性化されたノックアウトマウスを得ることができます。

ノックアウトマウスの利用

ノックアウトマウスは、特定の遺伝子の機能を調べるための重要なモデル生物です。遺伝子の働きを止めることで、正常な状態での遺伝子の役割を理解することができます。

マウスはヒトと多くの遺伝子を共有しており、ノックアウトマウスの観察を通して、ヒトの病気に関連する遺伝子の研究ができます。例えば、癌、肥満、心臓病、糖尿病、関節炎、薬物乱用、不安障害、加齢とパーキンソン病など、様々な疾患の研究やモデル化に用いられています。また、新薬や治療法の開発、テストにも不可欠な存在です。現在、数千種類ものノックアウトマウスの系統が存在し、毎年数百万匹ものマウスが研究に利用されています。

系統と命名

ノックアウトマウスの多くは、不活性化された遺伝子名にちなんで名付けられています。例えば、p53ノックアウトマウスは、p53遺伝子を不活性化したマウスです。p53遺伝子は細胞分裂の停止を促し、腫瘍の発生を抑える働きを持っています。ヒトでp53遺伝子が不活性化すると、リ・フラウメニ症候群という遺伝性疾患を引き起こし、若年で癌を発症するリスクが高まります。

ノックアウトマウスの制約

ノックアウトマウスの技術は非常に強力ですが、いくつかの制約も存在します。

系統によるばらつき: 胚性幹細胞の由来となるマウスの系統によって、結果にばらつきが生じることがあります。一般的に、胚性幹細胞は129系統というマウスから作られますが、この系統は行動実験などには不向きなため、他の系統と交配させて使用することが一般的です。
遺伝子ノックアウトの難易度: 遺伝子の反復やDNAメチル化など、遺伝子座によってはノックアウトが難しい場合があります。
隣接遺伝子効果: 目的の遺伝子を取り除く際に、その周辺の遺伝子にも影響を与えることがあります。
遺伝子の発生段階での影響: 通常のノックアウトマウスは、調査したい遺伝子がない状態で成長します。そのため、遺伝子が成長過程で重要な役割を果たしている場合、成体での機能を正確に評価できないことがあります。このような場合、遺伝子を特定の時期に不活性化させる条件付き変異/誘導可能変異の手法を用いる必要があります。

まとめ

ノックアウトマウスは、遺伝子の機能解明やヒトの病気のモデルとして、生物学や医学研究に不可欠なツールです。その技術は進歩を続け、より複雑な研究や創薬への応用が期待されています。

関連項目

遺伝子ノックアウト
遺伝子ターゲティング
遺伝学
ヒューマウス
マウス
遺伝子組換え生物

参考

ノーベル賞ウェブサイト（医学・生理学賞2007年度）
Texas A&M Institute for Genomic Medicine (TIGM)
Studying Gene Function: Creating Knockout Mice - a review from the Science Creative Quarterly
The Knock Out Mouse Project (KOMP)
* Mouse Genome Informatics (MGI)

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