ハコネサンショウウオ

ハコネサンショウウオ（黒魚、箱根山椒魚、学名：Onychodactylus japonicus）は、日本の本州にのみ生息するサンショウウオの仲間です。両生綱有尾目サンショウウオ科ハコネサンショウウオ属に分類されます。特に山地の森林地帯や、そこを流れる清らかな渓流の源流部に好んで生息しています。学名の種小名`japonicus`は「日本の」を意味し、日本固有種であることを示しています。本州に広く分布していますが、特に西日本では生息地が点在し、連続していません。

成体は全長10センチメートルから19センチメートルほどになります。胴体の側面には、肋骨の位置に対応するような横方向の皺（肋条）が14本から15本はっきりと確認できます。ハコネサンショウウオ属の種は、肺を持たないことで知られていますが、少なくとも本種においては、発生の初期段階で肺の原型が一時的に形成されるものの、成長の過程で消失するという興味深い特徴を持っています。卵は直径約0.5センチメートルの球形で、色は白っぽいものや淡黄色です。繁殖期を迎えたオスは、後肢が普段より大きく発達し、特に後肢の掌や指の付け根部分には、角質の突起が現れるようになります。

近年、分子系統学的な解析が進んだ結果、これまでハコネサンショウウオとして一括りにされてきたグループの中に、遺伝的に区別できる複数の「隠れた種」（隠蔽種）が含まれていることが明らかになってきました。特に、近畿地方や中国地方の一部の個体群は、遺伝的に異なることが示唆されています。この研究結果に基づき、2012年には東北地方北部の個体群がキタオウシュウサンショウウオ（O. nipponoborealis）として、2013年には筑波山の個体群がツクバハコネサンショウウオ（O. tsukubaensis）として、そして四国地方や中国山地西部、岡山県の一部に分布する個体群（これらの地域では、従来のハコネサンショウウオとされる個体群と一緒に見られる場所もあります）がシコクハコネサンショウウオ（O. kinneburi）として、それぞれ新たな独立種として分割・記載されました。これらの分類の変更は、ハコネサンショウウオというグループの多様性を理解する上で重要な進展です。

ハコネサンショウウオは、主に標高500メートルから2,500メートルといった比較的高地の山地にある森林に生息しています。清浄な水環境を必要とするため、水温が低く安定した渓流の源流部や湧水のある場所が主な活動範囲となります。夜行性で、昼間は石の下や落ち葉の下などに隠れていることが多いようです。食性は動物食で、渓流に生息する水生昆虫の幼虫や、陸上の昆虫、クモ、小さな巻貝、さらには自分より小さな魚類なども捕食します。彼らの天敵としては、陸上ではオコジョやカワネズミ、テンといった哺乳類、爬虫類ではヤマカガシ、そして水中ではイワナやヤマメなどの魚類が挙げられます。繁殖形態は卵生で、繁殖期は一般的に4月から8月にかけて見られますが、地域によっては異なる時期に繁殖する例も報告されており、例えば石川県では初夏だけでなく晩秋にも繁殖活動が観察されています。産卵は、渓流の源流にある湧水中や伏流水（地面の下を流れる水）の中で行われます。メスは石の下や隙間に、ゼラチン質の卵嚢を5個から7個産み付けますが、これらの卵嚢は外からはほとんど見えません。

ハコネサンショウウオは、一部の地域、特に福島県檜枝岐村では、古くから郷土料理として親しまれてきました。食用とされるのは主に6月から7月にかけての限られた期間で、燻製にしたり、天ぷらや唐揚げにして食べられます。しかし、近年では生息環境の悪化により、多くの地域でその数を減らしています。森林伐採による生息地の減少、河川開発による水環境の変化、さらには水質汚染などが主な要因として挙げられます。このため、多くの都府県でレッドリストに記載されており、茨城県、京都府、和歌山県では特に絶滅の危険性が高い絶滅危惧Ⅰ類に指定されています。その他にも、多くの都府県で絶滅危惧Ⅱ類や準絶滅危惧といったカテゴリーに分類されており、その保全が喫緊の課題となっています。

ハコネサンショウウオは、日本の山地の清流を守るバロメーターとも言える存在です。そのユニークな形態や生態、そして近年明らかになった多様性は、さらなる研究を待っています。また、伝統的な利用と保全の間で、持続可能な関わり方を模索していく必要があります。関連するサンショウウオとしては、同じハコネサンショウウオ属に含まれるホムラハコネサンショウウオなどが挙げられます。次世代にこの貴重な生物を残していくため、生息環境の保全活動が一層重要になっています。

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