ハドソン湾の戦い

ハドソン湾の戦い

1697年、大同盟戦争、北米ではウィリアム王戦争として知られるこの時代に、カナダ北部のハドソン湾を舞台とした重要な戦闘が発生しました。これは一般に「ハドソン湾の戦い」、または主要な目標となった交易所の名から「ヨークファクトリーの戦い」と呼ばれます。フランス王国のピエール・ル・モイヌ・ディベルヴィユに率いられたフランス軍が、ジョン・フレッチャー指揮下のイングランド艦隊を打ち破り、ハドソン湾会社の拠点であるヨークファクトリー（現在のマニトバ州チャーチル近郊）を奪取することに成功しました。

戦闘までの経緯

この戦いは、北米の豊かな毛皮資源を巡る英仏間の長年の対立の中で起こりました。フランスはハドソン湾会社の独占する毛皮貿易ルートに割って入ることを狙っており、そのための重要な拠点としてヨークファクトリーの攻略を目指しました。ディベルヴィユは旗艦である44門砲搭載のフリゲート艦「ペリカン」を含む艦隊を率いてハドソン湾へと向かいます。

しかし、戦場に近づくにつれて艦隊は濃い霧に見舞われ、「ペリカン」は他の艦船から逸れて単独で航行することになります。ディベルヴィユは孤立無援の状況を受け入れ、一隻のみでの航海を続行することを決断。この行動が、後に語り継がれる単艦での壮絶な戦いの序章となりました。

ヨークファクトリーの近くまで到達した「ペリカン」は、偵察のため兵の一部を上陸させます。ディベルヴィユが艦上で待機していると、遠方に複数の帆とマストを発見しました。当初は自軍の艦隊の到着と考えましたが、それが敵であるイングランド艦隊であることに気づきます。

イングランド艦隊は、大型戦列艦「ハンプシャー」を中心に、武装商船「デリング」と「ハドソンズベイ」の計3隻で構成されており、火力、兵員数ともに単艦の「ペリカン」を圧倒していました。さらに、「ペリカン」は兵員の一部を上陸させており、残りの乗員も壊血病に苦しむ者が多かったため、フランス側は極めて不利な状況に置かれました。

苛烈な海戦 (1697年9月5日)

絶体絶命の状況に追い込まれたディベルヴィユは、上陸部隊の収容や撤退が困難と判断し、敢えてこの強大な敵艦隊に挑むことを決意します。戦いは当初、追撃戦の様相を呈しましたが、やがて旗艦同士、「ペリカン」と「ハンプシャー」による壮絶な砲撃戦へと発展しました。

約4時間に及ぶ激しい交戦の中で、「ペリカン」は多数の損傷を受け、多くの兵士が負傷し、血が甲板から海へと流れ落ちるほどでした。戦況はイングランド有利に見え、司令官フレッチャーはディベルヴィユに降伏を勧告しましたが、ディベルヴィユはこれを断固として拒否し、徹底抗戦を続けました。

両艦の至近距離での砲撃が続く中、運命的な瞬間が訪れます。伝えられるところによれば、フレッチャーがディベルヴィユの勇敢さを称えてワインで乾杯したまさにその時、「ペリカン」から放たれた一弾が「ハンプシャー」の火薬庫に命中したのです。あるいは、この乾杯は戦闘開始前に行われたとも言われます。「ハンプシャー」は轟音と共に大爆発を起こし、炎上しながら瞬く間に海中に没し、乗員は全員が艦と運命を共にしました。

旗艦を失ったイングランド艦隊は混乱に陥ります。残る2隻の貨物船のうち、「デリング」は一時は応戦したものの、やがて戦意を喪失して白旗を掲げ降伏しました。もう一隻の「ハドソンズベイ」は戦場からの退却を選び、急いでその場を離れました。

こうして、単艦で強大な敵艦隊と相対した「ペリカン」は、劇的な勝利を収めたのです。しかし、「ペリカン」自身もまた激しい損傷を受けており、特に喫水線付近に大きな穴が開いていたため、航行を続けることは不可能でした。乗員は艦を放棄せざるを得ず、「ペリカン」は海中に沈められました。

ヨークファクトリーの攻略 (1697年9月6日-9月13日)

「ペリカン」の乗員は海岸に上陸し、野営地を設営して身を寄せました。幸いにも、霧で逸れていたフランス艦隊の他の艦船（代わりの旗艦となった「プロフォン」を含む）が無事到着し、ディベルヴィユの指揮下に合流することができました。総勢900名となったフランス軍は、ハドソン湾会社の総督ヘンリー・バレイが守るヨークファクトリーに対する本格的な攻略を開始しました。

フランス軍は砦に迫り、イングランド守備隊との間で5日間にわたる小競り合いが続きました。しかし、海からの補給や増援を絶たれ、孤立無援となったイングランド側は抗戦を断念。9月13日、ついに降伏の旗を掲げました。

戦いの結果と影響

ヨークファクトリーはフランスの手に落ち、「ブルボン砦」と改称されました。これにより、ハドソン湾地域におけるイングランド（ハドソン湾会社）の重要な交易拠点は、東部にあるオルバニー交易所を残すのみとなり、フランスの毛皮貿易における優位が一時的に確立されました。

この勝利は、ディベルヴィユの輝かしい軍歴に新たな一ページを加えました。そして、この戦いの結果は、同年の9月20日に欧州で調印された大同盟戦争の講和条約、レイスウェイク条約にも影響を与えました。当初、条約ではフランスがジェイムズ湾地域を、イングランドがヨークファクトリーを保持すると定められていましたが、既にヨークファクトリーがフランスの支配下にあったため、最終的にはフランスがヨークファクトリー、イングランドがジェイムズ湾を保持するという内容に変更されました。これにより、イングランドはヨークファクトリーに蓄えられていたとされる2万ポンド相当の価値を持つ毛皮をフランスに譲り渡すことになりました。ハドソン湾会社がこの重要な交易拠点をイングランドの手に取り戻すのは、この戦いからさらに16年後のこととなります。

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