ハリエット・コーエン

ハリエット・パール・アリス・コーエン（Harriet Pearl Alice Cohen）は、1895年12月2日に生まれ、1967年11月13日にこの世を去った、20世紀イギリスを代表するピアニストの一人です。

ロンドンのユダヤ人家庭に生まれた彼女は、幼い頃から音楽の才能を示し、権威ある王立音楽アカデミーにて、高名なピアノ教師トバイアス・マッセイのもとで研鑽を積みました。マッセイは多くの優れたピアニストを育てた指導者であり、コーエンもまたその教えを受け継ぎました。

特にイギリスの近現代音楽の擁護者、そして演奏者として、コーエンは重要な功績を挙げました。レイフ・ヴォーン・ウィリアムズのピアノ協奏曲の初演を担ったことは特筆すべき業績です。この作品は、当初の単一ピアノのための形では演奏上の極めて高い困難を伴ったため、後に作曲者自身によって2台のピアノのための協奏曲として改作されています。また、エドワード・エルガーのピアノ五重奏曲の録音にも参加しており、ストラットン弦楽四重奏団と共演し、作曲者エルガー自身の立ち会いのもとで貴重な録音を残しています。

コーエンの演奏と人柄は、多くの作曲家を魅了し、彼女に触発されて作品が書かれ、あるいは献呈されました。中でも、個人的にも深い関係（愛人関係）にあった作曲家アーノルド・バックスは、自身の主要なピアノ作品の多くを彼女に捧げています。バックスが手掛けたデイヴィッド・リーン監督の映画『オリヴァ・ツイスト』（1948年公開）のための音楽も、コーエンに献呈された作品です。さらに、1948年にコーエンが右手に重い障害を負い、ピアニストとしての活動が困難になった際には、バックスは彼女のために『左手のためのピアノ・コンチェルタンテ』を作曲し、献呈しています。

アーノルド・バックス以外にも、著名な作曲家がコーエンに作品を献呈しています。バルトーク・ベーラもその一人です。彼の有名なピアノ曲集『ミクロコスモス』の終盤を飾る6曲、特に「ブルガリアのリズムによる6つの舞曲」として知られる部分は、ハリエット・コーエンに献呈されています。

彼女の芸術的な貢献と国際的な活動は高く評価され、1938年には大英帝国勲章コマンダー（CBE）が授与され、英国のデイムの称号をもって称えられることとなりました。

また、コーエンの功績を記念し、若手音楽家の育成を目的として、1951年にはハリエット・コーエン国際音楽賞が創設されました。

私生活においては、同じく著名なピアニストであるマイラ・ヘスやアイリーン・シャラーといった芸術家たちとはいとこの関係にあったことが知られています。

ハリエット・コーエンは、1967年にロンドンでその生涯を終えました。彼女の波乱に満ちた生涯と芸術活動は、没後も人々の記憶に残りました。特に、2006年にはダンカン・ハニーバーン作、ルイーザ・クライン主演で、彼女の人生を描いたミュージカル『最愛のターニア』（Dearest Tania）が初演され、再び注目を集めています。彼女自身の回想録『A Bundle of Time: the Memoirs of Harriet Cohen』は、没後の1969年に出版されています。

ハリエット・コーエンは、単なる優れた演奏家としてだけでなく、英国近現代音楽の普及に尽力し、同時代の作曲家たちとの豊かな交流を通じて、多くの重要な作品誕生に関わった、記憶されるべき芸術家です。

もう一度検索