バラード (フォーレ)

バラード 嬰ヘ長調 作品19

フランスの作曲家ガブリエル・フォーレ（1845-1924）が、1879年にピアノ独奏のために書き上げ、のちに1881年に管弦楽伴奏を伴う形に改訂した作品です。このバラードは、フォーレの初期作品群の中でも特に知られており、彼の成熟した作風へと至る重要な一歩を示すものと位置づけられています。

フォーレは、同時代の作曲家たちからも高く評価されており、たとえばシャルル・ケクランは、フォーレを現代音楽の発展に貢献した主要人物の一人に挙げています。また、音楽学者のジョゼフ・ド・マルリアーヴは、フォーレを「ショパンの正統な後継者」と評し、彼の豊かな和声感覚を称賛しました。フォーレの音楽は、滑らかで自然な遠隔調への転調や、控えめながらも独自の光を放つ旋律線に特色があります。

本作が作曲された1879年、フォーレは友人の作曲家アンドレ・メサジェと共にドイツを訪れ、リヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』全曲を聴きました。特に『ジークフリート』の第2幕に登場する「森のささやき」に深く感銘を受けたと伝えられており、このバラードが持つ自然の情景を思わせるような美しい響きには、その時の体験が反映されていると考えられています。構想の段階では、いくつかの短い楽曲を組み合わせた組曲形式を予定していたものの、最終的には切れ目のない、単一の楽章として完成させられました。

完成から2年後の1881年、フォーレはこの作品を管弦楽伴奏版へと編曲しました。これは彼自身が「管弦楽伴奏用」と明記した版であり、同年4月にはエドゥアール・コロンヌの指揮、そして作曲者自身のピアノ独奏により、国民音楽協会（Société Nationale de Musique）の演奏会で初演されました。楽譜はアメル社（Hamelle）から出版され、尊敬する師であり友人でもあったカミーユ・サン＝サーンスに献呈されています。

ピアノ独奏版と管弦楽伴奏版では、基本的な音符の変更はほとんどありません。しかし、響きや印象には違いが見られます。ピアノ独奏版は、多くの夜想曲を手がけるなどショパンの創作に親近感を抱いていたフォーレらしく、ショパンが確立したバラード形式を意識した跡が明らかです。情熱的で洗練された表現の中に、高度な技巧が求められます。一方、管弦楽伴奏版では、ピアノパートの一部をオーケストラに分担させることで、独奏版に比べて演奏の難易度が軽減され、より優美でゆったりとした雰囲気を醸し出しています。この管弦楽伴奏版に対し、同時代の作曲家クロード・ドビュッシーは「あまりに可愛らしく、軟弱にすぎる」と批判的な評価を下したことでも知られています。

本作を巡っては、興味深いエピソードが残されています。1882年、フォーレはサン＝サーンスに連れられて、当時70歳を迎えていたフランツ・リストと面会しました。リストはフォーレのバラードを初見で弾き始めましたが、数ページ進んだところで演奏を中断し、「指が足りなくなった」と冗談めかして語り、フォーレに続きを弾くよう頼んだと言われています。また、早くからこの作品を得意としていたピアニスト、マルグリット・ロンは、自身の回想録の中で、フォーレがこのバラードの演奏に関してどのような意図や希望を持っていたかを詳しく記しています。

このバラードは、フォーレの初期に書かれた作品でありながらも、後の作品に通じる新鮮な感性、内なる情熱、そして豊かな抒情性が既に明確に表れており、彼の個性と才能が光る珠玉の一品と言えるでしょう。

演奏時間: 約13分30秒から14分程度です。

楽器編成 (管弦楽伴奏版):
ピアノ独奏
フルート2
オーボエ2
クラリネット2
ファゴット2
ホルン2
* 弦五部（第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）

楽曲構成:
楽曲は比較的自由な形式をとっており、大きく3つ、あるいは4つの主要な部分に分けて捉えることができます。

1. Andante cantabile (嬰ヘ長調, 4/4拍子): 清々しく、歌謡的な主要主題が提示されて始まります。主題はイ長調で繰り返された後、再び嬰ヘ長調に戻り、フルートとのカノン風の掛け合いなど、対位法的な処理が施されます。静かに弱音へと収束し、"Lent"の指示で一息ついて次の部分へ移ります。

2. Allegro moderato (変ト長調, 4/4拍子): 速度が上がり、対照的な性格を持つ第2の主題が登場します。やがて最初の主題も流れの中で再び顔を出し、以降、この2つの主題が交互に現れる形で進行していきます。

3. Andante (変ト長調, 6/8拍子) および Allegro (4/4拍子): 速度が落ち着き、新しい第3の主題が現れます。これに続いて、ピアノによる大きなアルペッジョのパッセージが応える、というやり取りが数回繰り返されます。その後、転調を経て活発なAllegroのテンポとなります。ここでは、第2主題がカノン風に扱われたり、別の主題（上記Andante後のAllegroで現れる主題）に基づいた技巧的な展開が繰り広げられます。一度、技巧的な主題がそのままの形で再現された後、第2主題の要素が再び現れ、カデンツァ風の華やかなパッセージを経て、冒頭のAndanteに近い雰囲気に戻ります。

4. Allegro moderato および 終結: 再びAllegro moderatoとなり、主調である嬰ヘ長調へと戻ります。引き続き、過去に提示された主題に基づいた展開が続きます。曲の最後のクライマックスでは、冒頭の主題から派生した音型が力強く奏されます。終結部分は、華美になりすぎないよう配慮されており、技巧的な主題に基づいたコーダが静かに続き、最終的に弱音で全曲が閉じられます。

このバラードは、フォーレの初期の才能が惜しみなく発揮された、聴き手を魅了する傑作です。

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