バーネット・ニューマン

バーネット・ニューマン：抽象表現主義の巨匠とその思想

バーネット・ニューマン (1905-1970) は、20 世紀アメリカを代表する抽象表現主義画家の一人です。彼の作品は、鮮やかな色彩と大胆な構図、そして静謐なまでのミニマリズムが特徴で、抽象表現主義の中でも特にカラーフィールド・ペインティングの代表的な存在として知られています。 ニューヨークでロシア系ユダヤ移民の家庭に生まれたニューマンは、ニューヨーク市立大学で哲学を学んだ後、父親の服飾業を継ぎました。しかし、1930 年代から絵画制作を始め、初期には表現主義的な作風を試みましたが、後にそれらの作品をすべて処分しています。

ニューマンの画業において重要な転換期となったのは、1940 年代です。シュルレアリスムの影響を受けながらも、独自のスタイルを確立していきます。彼の作品を象徴するのが、「ジップ」と呼ばれる細い縦線です。このジップによって巨大な色面が区切られ、画面に静謐さと緊張感が同時に生み出されています。初期の作品では色面はまだらでしたが、次第に単色で平坦な色面へと進化し、1948 年以降の「ワンメント」シリーズで、彼のスタイルは確立されたと言えるでしょう。

ジップは、ニューマンの画業を通じて一貫して重要な要素であり続けました。中には、ジップ自体が作品の中心となるような作品もあり、彫刻作品においてもジップの概念を三次元に展開した作品を制作しています。ニューマンの作品は一見純粋に抽象的なものに見えますが、初期には多くの作品にタイトルがありませんでした。後に彼が作品に与えたタイトルには、ユダヤ教的な主題や宗教的な示唆が含まれているものが多く見られます。「アダムとイヴ」、「ウリエル」、「アブラハム」といった作品タイトルからは、彼の深い信仰と、個人的な経験が作品に投影されていることが伺えます。「アブラハム」というタイトルは、1947 年に亡くなった彼の父親の名前でもあり、作品に込められた個人的な思い入れの深さを物語っています。

ニューマンの代表作として挙げられるのが、「十字架の道行」シリーズ (1958-1964) です。心臓発作からの回復後に制作されたこのモノトーンの連作は、彼の画業の頂点として広く評価されています。副題である「レマ・サバクタニ（なぜ我を見捨て給う）」は、十字架上のキリストの言葉であり、ニューマンは自身の時代における普遍的なテーマとして捉えていたと考えられています。

晩年の作品では、「誰が赤、黄、青を恐れるのか」シリーズに見られるように、より純粋で鮮やかな色彩と、巨大なキャンバスを用いた作品が増えていきます。「アンナの光」(1968 年) は、彼の作品の中でも最大規模を誇り、1965 年に亡くなった彼の母親の名に由来しています。また、晩年にはシェイプト・キャンバス（四角形以外のキャンバスを用いた絵画）や、鉄片を用いた彫刻にも取り組み、素材や表現方法の幅を広げていきました。初期の作品に用いられていた油彩とは異なり、晩年の作品にはアクリル絵具が用いられるようになります。

彫刻作品では、「ブロークン・オベリスク」が有名です。これは、ピラミッドの頂点にオベリスクを逆さに立てた、印象的な作品です。版画作品としては、リトグラフの「18 Cantos」シリーズや、少数のエッチング作品も残されています。

ニューマンは、1950 年代のニューヨークで活躍した他の抽象表現主義の画家たちと共に、ヨーロッパ絵画の伝統に囚われない独自の抽象表現を確立しました。しかし、クリフォード・スティルやマーク・ロスコといった他の抽象表現主義画家とは異なり、表現主義的な筆触を排し、はっきりとした輪郭と平坦な色面を用いることで、ポスト・ペインタリー・アブストラクションやミニマリズムの先駆けとも言える存在感を示しています。ジャクソン・ポロックのような話題性のある画家とは対照的に、生前の評価は低かったものの、クレメント・グリーンバーグなどからの熱烈な支持を受け、後の世代の画家たちに大きな影響を与えました。1970 年、心臓発作によりニューヨークで没しました。

彼の作品は、ニューヨーク近代美術館、DIC 川村記念美術館（現在は売却済み）などに収蔵されています。ニューマンの作品は、単なる抽象画としてではなく、宗教、哲学、そして人間の存在そのものへの深い問い掛けとして受け止められるべきでしょう。彼の作品は、現在でも多くの人々を魅了し続けています。

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