パイオーン

パイオーン（Παίων, Paiōn）

パイオーンという名は、ギリシア神話において複数の登場人物を指す固有名詞です。長母音を省略してパイオンと表記されることもあります。これらの人物のうち、特に語られることが多いのは、エーリス地方の王エンデュミオーンの子、海の神ポセイドーンとヘレーの子、そしてピュロス王ネストールの子アンティロコスの子とされる三人のパイオーンです。それぞれ異なる系譜を持ち、神話における役割や伝えられる逸話も異なります。以下に、これら三人のパイオーンについて詳しく述べます。

エンデュミオーンの子パイオーン

一人のパイオーンは、エーリス地方を治めた王エンデュミオーンの子として知られています。彼の兄弟にはエペイオス、アイトーロス、そしてエウリュキュダーがいました。父エンデュミオーンは後継者を定めるにあたり、自らの息子たちに競走を行わせることを決めます。この競走で勝利を収めたのは、兄弟のうちエペイオスでした。その結果、エーリスの王位はエペイオスに受け継がれることになります。競走に敗れたパイオーンは、エーリスの地を離れることを選びました。彼は遠く北方の土地へと移り住んだと伝えられています。パイオーンが移り住んだその土地は、彼の名にちなんで「パイオニア」と呼ばれるようになったと語り継がれています。この逸話は、ある特定の地理的な名称の起源を示す神話的な説明として機能しています。

ヘレーの子パイオーン

また別の伝承によれば、パイオーンは海の支配者であるポセイドーンと、アタマースの娘ヘレーとの間に生まれた子であるとされています。ヘレーは、金毛の牡羊の背に乗って兄弟のプリークソスと共に空を飛んでいる最中に、海に落ちて命を落としたとされる人物です。彼女が落ちた海峡はヘレースポントス（現在のダーダネルス海峡）と名付けられました。このポセイドーンとヘレーの間に生まれたとされるパイオーンには、エードーノスやアルモープスといった兄弟がいたと伝えられています。興味深いことに、このヘレーの子とされるパイオーンは、先に述べたエンデュミオーンの子パイオーンと、系譜は異なるものの同一人物であると見なす説も存在します。これは、異なる伝承が同一の人物像を結びつけようとする神話学的な試みの一つと言えるでしょう。

アンティロコスの子パイオーン

最後に、ピュロスを統治した賢王ネストールの子アンティロコスにも、パイオーンという名の子がいたと伝えられています。アンティロコスはトロイア戦争におけるギリシア側の英雄の一人であり、パトロクロスを救うために自らの命を犠牲にした人物です。そのアンティロコスの子であるパイオーンとその子孫たちは、神話時代の後期、ヘーラクレイダイ（ヘーラクレースの子孫たち）によるペロポネソス半島への帰還という歴史的転換期において、他の多くの王族や貴族たちと同様に、故郷の地を追われることになりました。彼らは安住の地を求めて放浪した結果、最終的にアッティカ地方の中心都市であるアテーナイに亡命したとされています。アテーナイにたどり着いたパイオーンの子孫たちは、そこで一つの部族を形成し、その部族はパイオーンの名にちなんで「パイオニダイ」と呼ばれるようになりました。このパイオーンは、アテーナイの市民社会を構成する一員となった部族の祖として、その名を残しています。

このように、パイオーンという名は、それぞれ異なる親を持ち、異なる運命をたどった複数の人物に与えられています。これらの神話は、古代ギリシア世界における様々な地域や家系の歴史、あるいは地名や社会構造の起源を説明する物語として語り継がれてきました。

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