パタゴニアヒバ

パタゴニアヒバ（アレルセ）

パタゴニアヒバ（学名：Fitzroya cupressoides）は、ヒノキ科に属するフィッツロヤ属唯一の樹木です。南米のチリ南部とアルゼンチンの限られた地域にのみ自生しており、中には樹齢3600年を超える個体も確認されている非常に長寿な樹木です。

地元ではスペイン語で「アレルセ（alerce）」と呼ばれますが、これは本来、カラマツ属の植物を指す言葉です。日本ではこのスペイン語名に由来するアレルセやアレルシ、アレースのほか、英語名パタゴニアサイプレスやパタゴニアイトスギ、チリヒノキといった様々な呼称で知られています。

分布と生態

この樹木は、チリのロス・ラゴス州、アルゼンチンのチュブト州、ネウケン州、リオネグロ州といった、アンデス山脈南部のごく限られた地域に自生しています。パタゴニアヒバは、主に火山灰に由来する、水はけが悪いながらも有機物を多く含む酸性の砂質土壌を好みます。標高によって生育環境は異なり、低地から中山帯では水はけの悪い場所に、標高800メートルから1200メートルにかけての高地では、比較的砂質で水はけの良い痩せた土壌に生育します。これらの地域では、年間降水量が2000ミリメートルから4000ミリメートルにも達する多湿な環境が見られます。

自生地では、他の様々な植物と共に森林を形成しています。例えば、800メートルを超える高地ではナンキョクブナ科のカバノハミナミブナと混生し、500メートルから800メートルの中程度の標高ではナンキョクブナ科のNothofagus nitidaやヒノキ科のPilgerodendron uviferumなどと共に生育しています。比較的稀ではありますが、標高の低い場所では大木となり、バルディビア多雨林を構成する他の多くの樹種と共存しています。

形態的な特徴

パタゴニアヒバは常緑性の針葉樹で、一本の木に雄花と雌花をつける雌雄同株の場合と、それぞれ別の木につける雌雄異株の場合があります。通常は円錐形の高い樹形になりますが、時には樹冠が広がった低木のようになることもあります。自然状態で成長した木は高さ70メートル以下になることが多く、幹は地面に近い位置で枝分かれすることがあります。樹皮は赤茶色や濃い赤褐色をしており、縦にひび割れ、薄い帯状に剥がれると、その下の層には桃色が覗きます。上向きに伸びた枝の先には、葉のついた小枝が垂れ下がります。

葉はビャクシンに似た形で、濃い緑色の楕円形をしており、先端は丸みを帯びています。長さは約5ミリメートルで、枝に3枚ずつ輪になってつきます。葉の両側には、気孔が作る白い筋が二本観察できます。球花は春に新しい枝の先に房状について現れます。

球果は表面がでこぼこしており、3枚の鱗片の上に3つずつ輪生します。雄花の球果は円柱形ですが、雌花の球果は単性で球形、枝の先端につき、色は白っぽい茶色で直径約1センチメートルです。雌性球果は秋に熟し、成熟が進むにつれて光沢のある緑色から褐色に変わり、鱗片が開いて種子を放出します。種子には翼があり、風に乗って散布されます。

人間との関わり

パタゴニアヒバは、1834年にチャールズ・ダーウィンのビーグル号探検に参加した人々によって初めてヨーロッパに知られました。この発見に敬意を表し、学名の属名「Fitzroya」はビーグル号の船長であったロバート・フィッツロイに献名されています。

その材は、頑丈で耐久性に優れ、比較的軽いにもかかわらず強靭で、さらに音響特性も良いという優れた性質を持っています。このため、17世紀半ば以降、建築材、室内装飾、鉛筆、楽器、葉巻箱、樽など、様々な用途で非常に重宝され、活発な伐採が行われてきました。

また、パタゴニアヒバは観賞用としても利用されています。1849年に植物収集家のウィリアム・ロブによって栽培が始まり、現在では公園や庭園に植えられることがあります。自生地では巨大な木に成長しますが、植栽されたものはより小型で枝が密になったイトスギのような美しい樹形になります。栽培には、肥沃で適度な保水性がありつつも水はけの良い土壌と、冷たい風が当たらない日当たりの良い場所が適しています。耐寒性もあり、繁殖は主に春に種子を播くか、夏遅くから秋にかけて若い枝を挿し木する方法で行われます。

保全状況

長年にわたる過剰な伐採や、農地や牧草地への森林開拓、さらには放火などが原因で、野生のパタゴニアヒバの生育地は著しく減少し、現在では国際自然保護連合（IUCN）のレッドリストで「絶滅危機（ENDANGERED）」に分類されています。特に、パタゴニアヒバは非常にゆっくりと成長するため、一度伐採されてしまうとその回復には長い年月がかかり、わずかな違法伐採ですら種の存続にとって深刻な脅威となります。

チリとアルゼンチンではパタゴニアヒバの伐採が禁止されていますが、遠隔地での不法伐採を取り締まることは困難であり、密かに伐採が行われている現状があります。この貴重な樹木を保全するため、繁殖条件の研究や、地球規模樹木保全機構（Global Trees Campaign）などの団体による保護活動が進められています。しかし、パタゴニアヒバ林を長期的に保全するためには、地元の社会活動家、個人、先住民共同体、企業、そして両国政府を含む、様々な関係者の協力と積極的な参加が不可欠です。

さらに、パタゴニアヒバは1973年からワシントン条約（絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約）の附属書Iに記載されており、商業目的での国際取引は原則として厳しく制限されています。

パタゴニアヒバは、その驚異的な樹齢、独特な生態、そして人間との歴史的な関わりを持つ一方で、現在、絶滅の危機に瀕している貴重な樹木です。その保全に向けた継続的な努力が、この雄大な木を未来へ引き継ぐために求められています。

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