パッション (アルバム)
ピーター・ガブリエルのアルバム『パッション』は、1989年に発表された作品で、マーティン・スコセッシ監督による映画『最後の誘惑』のオリジナル・サウンドトラックとして生まれました。この映画は、ニコス・カザンザキスによる、イエス・キリストの人間性と神性の間の葛藤を描いた小説を基にしています。ガブリエルは、単なる映画付随音楽としてではなく、このプロジェクトに独自の深い情熱を注ぎ込みました。その結果、映画公開から約1年後に、彼の公式なスタジオアルバムに準じる形でリリースされることとなりました。本作は、アフリカや中東といった地域の豊かな伝統音楽を、当時の最先端テクノロジーと融合させた画期的な試みとして知られています。その斬新な音楽性は、後のワールドミュージックブームにおいて、重要な指標のひとつとみなされています。アルバムタイトルである「パッション」（Passion）には、「キリストの受難」という意味合いも含まれており、これもまた映画のテーマと深く関連しています。ただし、同じ「パッション」という語を含むメル・ギブソン監督の映画『パッション』(2004年)とは、直接的な関係はありません。
ピーター・ガブリエルは長年にわたり、アフリカやアジアをはじめとする世界各地の音楽文化に強い関心を寄せてきました。彼の探求心は、1980年のソロアルバム『ピーター・ガブリエル III』以降、自身の楽曲にも影響を与え、原始的なリズムや異文化の影響を取り入れるようになりました。こうしたガブリエルの音楽に触れたマーティン・スコセッシは、ロビー・ロバートソンの仲介を経て、1983年に構想段階だった映画『最後の誘惑』の音楽制作を依頼しました。
ガブリエルは同時期、欧州に世界各地の音楽を紹介する「ウォーマッド（WOMAD）」フェスティバルを主宰するなど、異文化交流を進め、自身の「リアル・ワールド・スタジオ」を通じて多くのミュージシャンとの親交を深めていました。中東を舞台とする映画サントラは、こうした世界各地の才能とのコラボレーションを発表する絶好の機会となり、アルバムは当時あまり知られていなかったヌスラット・ファテ・アリ・ハーン（パキスタン）、ユッスー・ンドゥール（セネガル）、バーバ・マール（セネガル）などを広く紹介する役割も果たしました。
しかし、このサントラ制作は当初困難に直面します。映画がイエスの人間的な側面に深く踏み込む内容だったため、企画段階から一部の原理主義的なキリスト教徒による強い反対運動が起き、ガブリエルへの依頼直後には製作そのものが見通せなくなりました。一方、採算度外視の活動で経済的に苦境にあったガブリエルにとっても、ヒット作の成功が喫緊の課題でした。
転機は1986年。映画は予算削減と会社変更で再び動き出し、同じ年にガブリエルはポップ要素を増やしたアルバム『So』を発表し世界的大ヒットを記録します。『So』の成功が経済状況を好転させ、中断していたサントラプロジェクトが再始動しました。危機以前の構想曲の一部は、『So』収録の「ザット・ヴォイス・アゲイン」に名残を留めています。
1987年に映画ロケがモロッコで始まると、ガブリエルはおよそ3ヶ月で映画用の楽曲を仕上げました。映画では書き下ろしに加え、他のアーティストの既存曲や、現地録音にガブリエルによる現代アレンジを加えた音楽も使用されました。映画は1988年8月に公開されましたが、親しいミュージシャンから「煮え切らないいじり魔」と揶揄されるほど細部へのこだわりが強かったガブリエルは、公開後もアルバム製作を継続。リリースは映画公開から約10ヶ月遅れとなる1989年6月となりました。
アルバム『パッション』は、『So』の成功資金などを元にガブリエルが立ち上げたワールドミュージック専門レーベル「リアル・ワールド・レコード」の記念すべき第一弾作品としてリリースされました。アルバムカバーには、レーベルシール以外文字がなく、イギリスのアーティスト、ジュリアン・グレーターが1987年に制作した作品が使われています。
制作に関わった音楽家や現地録音をまとめたコンピレーション・アルバム『パッション・ソーシーズ』も、アルバム『パッション』と同時にリアル・ワールドからリリースされました。
『パッション』は、音楽的な評価も非常に高く、1990年のグラミー賞において「最優秀ニューエイジ・パフォーマンス賞」を受賞しました。さらに、2003年にはデジタル・リマスター版が再リリースされ、その革新性が時を超えて評価され続けています。
このアルバムの収録曲は、大部分がインストゥルメンタルで構成されています。多くの楽曲では、各地の伝統的な音楽が大胆にアレンジされ、現代的な響きと融合されています。アルバム冒頭を飾る「The Feeling Begins」は映画でもオープニングに使用され、世界最古のキリスト教国であるアルメニアの伝統曲「The Wind Subside」を基にしています。この曲では、伝統的な木管楽器であるドゥドゥクの演奏に、シンセサイザーによるドラムなどが重ねられています。「Lazarus Raised」も同様に、冒頭でドゥドゥクによるクルドの伝統曲の演奏がフィーチャーされています。「Before Night Falls」では、同じくクルドの民謡が、日本の尺八にも似た響きを持つナーイという楽器の音色で奏でられます。
エジプトのミュージシャンによる、悪霊を追い払うための伝統音楽を元にした「Zaar」は、そのパワフルなサウンドがガブリエルのベスト・アルバム『シェイキング・ザ・トゥリー』にも再録されるほど、印象的な楽曲です。一方、「Sandstorm」では、後半部分にモロッコで録音されたパーカッションのリズムと現地の唄い声が効果的に取り入れられています。
ボーカルが加わる楽曲としては、「A Different Drum」が挙げられます。ここでは、西アフリカの力強いドラムの響きに、セネガルのユッスー・ンドゥールとピーター・ガブリエルの対照的な声が見事に重ねられています。そして、タイトルチューンである「Passion」では、さらにパキスタンの偉大なカッワーリー歌手、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの神秘的な声が聴かれます。
ほぼ全編にわたり、インドのヴァイオリニストであるL. シャンカールによる、独特のダブル・ヴァイオリンの演奏が重要な要素として取り入れられています。特に楽曲「Open」は、シャンカールとガブリエルによる即興演奏を基盤としています。また、「Stigmata」では、イランのミュージシャン、マームード・タブリジーザデーによるkementché（レベックに似た伝統的な弦楽器）の演奏と、ガブリエルによる即興演奏が融合しています。
これらの楽曲からは、ガブリエルが各地の音楽家たちと真摯に向き合い、彼らの才能と自身の音楽性を融合させることで、既存のジャンルに囚われない新しいサウンドを創造しようとした意欲が強く感じられます。『パッション』は、映画音楽の範疇を超え、ワールドミュージックという概念を広く知らしめ、その後の音楽シーンに大きな影響を与えた記念碑的作品と言えるでしょう。
ピーター・ガブリエルは長年にわたり、アフリカやアジアをはじめとする世界各地の音楽文化に強い関心を寄せてきました。彼の探求心は、1980年のソロアルバム『ピーター・ガブリエル III』以降、自身の楽曲にも影響を与え、原始的なリズムや異文化の影響を取り入れるようになりました。こうしたガブリエルの音楽に触れたマーティン・スコセッシは、ロビー・ロバートソンの仲介を経て、1983年に構想段階だった映画『最後の誘惑』の音楽制作を依頼しました。
ガブリエルは同時期、欧州に世界各地の音楽を紹介する「ウォーマッド（WOMAD）」フェスティバルを主宰するなど、異文化交流を進め、自身の「リアル・ワールド・スタジオ」を通じて多くのミュージシャンとの親交を深めていました。中東を舞台とする映画サントラは、こうした世界各地の才能とのコラボレーションを発表する絶好の機会となり、アルバムは当時あまり知られていなかったヌスラット・ファテ・アリ・ハーン（パキスタン）、ユッスー・ンドゥール（セネガル）、バーバ・マール（セネガル）などを広く紹介する役割も果たしました。
しかし、このサントラ制作は当初困難に直面します。映画がイエスの人間的な側面に深く踏み込む内容だったため、企画段階から一部の原理主義的なキリスト教徒による強い反対運動が起き、ガブリエルへの依頼直後には製作そのものが見通せなくなりました。一方、採算度外視の活動で経済的に苦境にあったガブリエルにとっても、ヒット作の成功が喫緊の課題でした。
転機は1986年。映画は予算削減と会社変更で再び動き出し、同じ年にガブリエルはポップ要素を増やしたアルバム『So』を発表し世界的大ヒットを記録します。『So』の成功が経済状況を好転させ、中断していたサントラプロジェクトが再始動しました。危機以前の構想曲の一部は、『So』収録の「ザット・ヴォイス・アゲイン」に名残を留めています。
1987年に映画ロケがモロッコで始まると、ガブリエルはおよそ3ヶ月で映画用の楽曲を仕上げました。映画では書き下ろしに加え、他のアーティストの既存曲や、現地録音にガブリエルによる現代アレンジを加えた音楽も使用されました。映画は1988年8月に公開されましたが、親しいミュージシャンから「煮え切らないいじり魔」と揶揄されるほど細部へのこだわりが強かったガブリエルは、公開後もアルバム製作を継続。リリースは映画公開から約10ヶ月遅れとなる1989年6月となりました。
アルバム『パッション』は、『So』の成功資金などを元にガブリエルが立ち上げたワールドミュージック専門レーベル「リアル・ワールド・レコード」の記念すべき第一弾作品としてリリースされました。アルバムカバーには、レーベルシール以外文字がなく、イギリスのアーティスト、ジュリアン・グレーターが1987年に制作した作品が使われています。
制作に関わった音楽家や現地録音をまとめたコンピレーション・アルバム『パッション・ソーシーズ』も、アルバム『パッション』と同時にリアル・ワールドからリリースされました。
『パッション』は、音楽的な評価も非常に高く、1990年のグラミー賞において「最優秀ニューエイジ・パフォーマンス賞」を受賞しました。さらに、2003年にはデジタル・リマスター版が再リリースされ、その革新性が時を超えて評価され続けています。
このアルバムの収録曲は、大部分がインストゥルメンタルで構成されています。多くの楽曲では、各地の伝統的な音楽が大胆にアレンジされ、現代的な響きと融合されています。アルバム冒頭を飾る「The Feeling Begins」は映画でもオープニングに使用され、世界最古のキリスト教国であるアルメニアの伝統曲「The Wind Subside」を基にしています。この曲では、伝統的な木管楽器であるドゥドゥクの演奏に、シンセサイザーによるドラムなどが重ねられています。「Lazarus Raised」も同様に、冒頭でドゥドゥクによるクルドの伝統曲の演奏がフィーチャーされています。「Before Night Falls」では、同じくクルドの民謡が、日本の尺八にも似た響きを持つナーイという楽器の音色で奏でられます。
エジプトのミュージシャンによる、悪霊を追い払うための伝統音楽を元にした「Zaar」は、そのパワフルなサウンドがガブリエルのベスト・アルバム『シェイキング・ザ・トゥリー』にも再録されるほど、印象的な楽曲です。一方、「Sandstorm」では、後半部分にモロッコで録音されたパーカッションのリズムと現地の唄い声が効果的に取り入れられています。
ボーカルが加わる楽曲としては、「A Different Drum」が挙げられます。ここでは、西アフリカの力強いドラムの響きに、セネガルのユッスー・ンドゥールとピーター・ガブリエルの対照的な声が見事に重ねられています。そして、タイトルチューンである「Passion」では、さらにパキスタンの偉大なカッワーリー歌手、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの神秘的な声が聴かれます。
ほぼ全編にわたり、インドのヴァイオリニストであるL. シャンカールによる、独特のダブル・ヴァイオリンの演奏が重要な要素として取り入れられています。特に楽曲「Open」は、シャンカールとガブリエルによる即興演奏を基盤としています。また、「Stigmata」では、イランのミュージシャン、マームード・タブリジーザデーによるkementché（レベックに似た伝統的な弦楽器）の演奏と、ガブリエルによる即興演奏が融合しています。
これらの楽曲からは、ガブリエルが各地の音楽家たちと真摯に向き合い、彼らの才能と自身の音楽性を融合させることで、既存のジャンルに囚われない新しいサウンドを創造しようとした意欲が強く感じられます。『パッション』は、映画音楽の範疇を超え、ワールドミュージックという概念を広く知らしめ、その後の音楽シーンに大きな影響を与えた記念碑的作品と言えるでしょう。
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