パンティカパイオン

パンティカパイオン：黒海に栄えた古代都市

パンティカパイオン（Panticapaeum）は、現在のウクライナ、クリミア半島ケルチにある古代ギリシア都市です。黒海とアゾフ海の狭間、ケルチ海峡西岸のミトリダテス山丘陵上に位置し、紀元前7世紀後期から紀元前6世紀初頭にミレトス人によって建設されました。戦略的に重要な立地条件から、黒海貿易の中心地として繁栄を極めた都市国家です。

ボスポロス王国の首都として

紀元前5世紀から紀元前4世紀にかけて、パンティカパイオンはボスポロス王国の首都となりました。この王国は、アルカイアナクス朝、そしてスパルトコス朝とギリシア系王朝が統治し、その勢力範囲はクリミア半島から黒海沿岸へと広がりました。ボスポロス王国は、農業や漁業に加え、周辺地域との交易によって経済的繁栄を享受しました。穀物や魚介類、さらに北方遊牧民との交易品が交易の中心となり、パンティカパイオンは黒海の主要な商業港として発展しました。当時、この都市は「ボスポロス」と呼ばれることもありました。

しかし、紀元前4世紀から紀元前3世紀にかけて、パンティカパイオンの経済は衰退の兆しを見せます。サルマタイ人のステップ地帯への進出と、古代エジプトからの穀物輸入の増加が、経済的打撃を与えたと考えられています。こうした状況の中で、パンティカパイオンは徐々にその勢力を弱めていきました。

ポントス王国への帰属と終焉

スパルトコス朝の最後の王、パイリサデス5世の治世下、パンティカパイオンはポントス王ミトリダテス6世に譲渡されました。この譲渡劇は、ポントス王国の将軍ディオファントスが仲介し、スキュティア・ミノルのパラカス王との戦いで苦戦するギリシア都市を支援する過程で発生しました。しかし、この譲渡はスムーズにはいかず、パイリサデス5世はスキタイ人の反乱によって暗殺されます。ディオファントスは辛くも逃亡し、増援を得て帰還、反乱を鎮圧しました。

その後、ミトリダテス6世の治世下で、パンティカパイオンは一時的にその勢力を回復しましたが、ローマとの戦争（第三次ミトリダテス戦争）における敗北を機に、ミトリダテス6世はパンティカパイオンで自害しました。これは、息子のファルナケス王子とパンティカパイオン市民の裏切りに遭ったためだと伝えられています。紀元前63年には地震による都市の一部崩壊も発生し、さらにゴート族やフン族の襲撃もパンティカパイオンの衰退を加速させました。最終的に、6世紀初頭には東ローマ帝国に併合され、歴史の舞台から姿を消しました。

豊かな文化遺産

パンティカパイオンは、建設から最初の1世紀にかけて、ギリシア各地からの輸入品であふれていました。ロドス島、コリントス、サモス島、アテナイなどから陶器、テラコッタ、金属製品が持ち込まれ、それらを模倣した地元生産品も盛んに作られました。特にアテナイでは、ケルチ様式と呼ばれる独特の鉢が生産され、パンティカパイオンに輸出されました。地元の陶芸家たちは、グナチア様式と呼ばれるヘレニズム様式の鉢の模造品を制作しました。

また、パンティカパイオンは、紀元前6世紀から銀貨を、紀元前1世紀からは金貨と銅貨を鋳造していました。これらの貨幣は、当時の経済活動を物語る重要な資料となっています。現在でも発掘調査が続けられており、出土品はエルミタージュ美術館やケルチ美術館などで展示されています。パンティカパイオンは、黒海貿易の中心地として栄えた古代都市であり、その歴史と文化は、現在も考古学的調査によって徐々に明らかになりつつあります。その遺跡は、古代文明の繁栄と衰退を伝える貴重な遺産として、後世に語り継がれています。

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