ビルマ式社会主義

ビルマ式社会主義：仏教と社会主義の融合、そしてその挫折

1962年、ネ・ウィン将軍率いる軍事クーデターによって誕生したミャンマー（旧ビルマ）の社会主義体制、「ビルマ式社会主義（Burmese Way to Socialism）」は、その特異性から今日でも多くの議論を呼び起こしています。単なる社会主義の一形態として片付けるには、あまりにも多くの独自性と矛盾を抱えていたからです。

ネ・ウィン政権と社会主義路線の採用

ウー・ヌ政権を打倒したネ・ウィン政権は、経済発展と外国勢力排除、そして何より軍部権力の強化を目的として、社会主義路線を採用しました。しかし、この社会主義は従来のマルクス・レーニン主義とは一線を画していました。ミャンマーの主要宗教である仏教を社会主義の根幹に据え、「科学的社会主義」を否定したのです。この点において、ビルマ式社会主義は独自の道を歩もうとしたと言えます。アウンサン将軍が志向していた社会主義路線も、独立前に暗殺されたことなどから、ミャンマーにおける社会主義導入は紆余曲折を経て実現したといえるでしょう。

仏教社会主義と独自の経済政策

「ビルマ社会主義への道」と題された小冊子の中で、ネ・ウィン政権はマルクス主義の影響を認めつつも、唯物論を拒否し、仏教的思想を取り入れました。この「仏教社会主義」は、西側諸国からの批判を浴びる一方、一部からは革新的な試みとして評価されました。しかしながら、その経済政策は一貫性を欠いていました。農業は国有化されませんでしたが、政府による強制買取が行われ、都市部の個人商店は全て国営化されました。旧ユーゴスラビアからの技術的支援を受けて工業化も目指されましたが、後に述べる「鎖国」政策により、その成功は阻まれました。例外として軍需産業は積極的に発展し、西ドイツ製の自動小銃のライセンス生産などが行われました。

鎖国政策と国際関係

ネ・ウィン政権は、外国資本や外来文化を「ビルマの価値を損なう」ものとして排除しました。事実上の「鎖国」政策は、外国人の短期滞在すら拒否するほど厳格なものでした。旧東側諸国とは旧ユーゴスラビアを除き疎遠になり、中国とも関係が悪化しました。一方、アメリカとは複雑な関係を築き、限定的な支援を受けながら、反米的な姿勢も見せました。

民族問題と国内政策

ビルマ式社会主義は、仏教を重視したことから、キリスト教徒が多いカレン族やカチン族などの少数民族との対立を深めました。シャン州などでは、独立前の協定を反故にされた民族勢力の反発が強まり、深刻な民族紛争が勃発しました。華僑や印僑の商店も閉鎖され、軍人が経営に乗り出したことで経済混乱はさらに深まりました。また、小作農から地主への小作料の支払いが廃止されたことで、多くのインド系地主がインドに帰国しました。遊興施設も閉鎖され、国民生活は大きく制限されました。

矛盾と崩壊

社会主義を標榜しながら共産党と対立する姿勢は、国民から奇妙に思われ、批判の的にもなりました。生活必需品の供給不足、大規模な粛清、そして闇経済の蔓延など、ビルマ式社会主義は多くの問題を抱えていました。豊かな農業国であったミャンマーでは食料不足はほとんど発生しませんでしたが、ネ・ウィン一族による特権的な生活など、国民との格差は拡大していきました。

1988年の8888民主化運動を機に、ネ・ウィン政権は崩壊。ビルマ式社会主義は終焉を迎えました。軍部は依然として強い影響力を持ち続け、ミャンマーの民主化への道は長く険しいものとなりました。ビルマ式社会主義は、社会主義、仏教、民族主義、軍国主義といった様々な要素が複雑に絡み合い、成功することなく終焉した特異な歴史的試みとして、今も研究が続けられています。

参考文献

Revolutionary Council (28 April 1962). “THE BURMESE WAY TO SOCIALISM”. Information Department for the Revolutionary Council. 22 August 2010閲覧。
Burma---Growing Ever Darker Foreign Policy in Focus, 11 September 2007.
桐生稔著『ビルマ式社会主義―自立発展へのひとつの実験』教育社、1979年9月
大野徹「破綻した「ビルマ式社会主義」」アジア研究35巻3号、69-88頁、アジア政経学会 1989年
高橋昭雄「ビルマ式社会主義下の農地保有 : 下ビルマ一米作村の事例」アジア経済31巻3号、27-44頁、アジア経済研究所、1990年3月
紙谷貢「ビルマ式社会主義と農業の発展」農業綜合研究26巻4号、175-198頁、1972年10月

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