ピアノ五重奏曲 (シューマン)

シューマンのピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44は、彼の室内楽作品の中でも特に重要な位置を占める傑作です。ピアノと2本のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロからなる弦楽四重奏という編成は、それまであまり一般的ではありませんでしたが、本作の成功により多くの作曲家がこれに倣い、以降ピアノ五重奏曲の標準的な編成となりました。

この作品は、シューマンが妻クララとの結婚によって得た幸福感を反映しているとも言われ、クララ自身もその「力強さと新鮮さ」「きわめて華やかで効果的」な響きを高く評価しました。豊かな音楽的着想と揺るぎない構成力を兼ね備え、複雑な対位法技術（特にバッハから学んだもの）を駆使しつつも、聴き手にとって非常に親しみやすい魅力を持っています。

背景

この五重奏曲は、シューマンが精力的に室内楽の作曲に取り組んだ「室内楽の年」として知られる1842年に書かれました。わずか数週間という短い期間で、9月から10月にかけて集中的に作曲されたと言われています。シューマンは、1829年に未完のピアノ四重奏曲を手掛けた後、1836年頃から再び室内楽への関心を深めていました。1840年には歌曲、1841年には管弦楽曲で大きな成果を上げた後、1842年にはこの五重奏曲に加え、3曲の弦楽四重奏曲やピアノ四重奏曲など、多くの室内楽作品を生み出しています。

本作は作曲後に試演や推敲が重ねられ、最終的に1843年9月に出版されました。献呈先は妻クララ・シューマンです。

初演

作品の初演は、1843年1月8日にドイツのライプツィヒで行われました。この時のピアノパートは、献呈を受けたクララ・シューマン自身が担当しています。

日本での初演は比較的遅く、1907年12月14日に東京の奏楽堂で開催されました。演奏はR.v.コイベル（ピアノ）、アウグスト・ユンケル、H.ハイドリッヒ（ヴァイオリン）、幸田延（ヴィオラ）、ハインリヒ・ヴェルクマイスター（チェロ）という顔ぶれでした。

楽曲構成

典型的な4楽章構成で書かれています。

第1楽章：Allegro brillante（輝かしく速く） 変ホ長調、2分の2拍子、ソナタ形式。力強く輝かしい第一主題と、より穏やかで優美な第二主題が提示されます。これらの対照的な主題が巧みに展開され、楽器間の対話が繰り広げられます。

第2楽章：In modo d'una marcia. Un poco largamente（行進曲のように、ややゆったりと） ハ短調、2分の2拍子。ロンド形式が採用されており、全体に葬送行進曲のような厳粛で感傷的な雰囲気が漂います。中間部には明るい表情も見られます。

第3楽章：Scherzo: Molto vivace（スケルツォ：非常に活発に） 変ホ長調、8分の6拍子。急速で軽快なスケルツォ楽章です。2つのトリオを持っており、第一トリオの旋律は第1楽章の第二主題との関連が指摘されています。躍動感と中間部の叙情性の対比が印象的です。

第4楽章：Allegro ma non troppo（速くしかし速すぎずに） 変ホ長調、2分の2拍子。自由なソナタ形式に基づいています。冒頭はハ短調やト短調といった遠隔調を漂いますが、次第に主調へと収束します。楽章の終結部では、終楽章の主要主題に加え、第1楽章の主題が回帰し、壮麗な二重フーガとして組み合わされます。これは作品全体の統一性を高める効果を生んでいます。

受容

このピアノ五重奏曲は、シューマンの室内楽曲の中でも特に人気が高く、演奏機会も非常に多い作品です。妻クララはこの曲を重要なレパートリーとし、各地で演奏しました。シューマンに対して批判的な立場をとることもあったクララの父フリードリヒ・ヴィークや、作曲家ワーグナーも、この作品に対しては好意的な評価を示しています。

一方で、かつてシューマンに室内楽の作曲を勧めたフランツ・リストは、シューマンの家でこの作品を聴いた際、全く気に入らなかったと伝えられています。リストは、アカデミックすぎると感じたのか、「ライプツィヒ風」と批判しました。この発言が、当時既に亡くなっていたメンデルスゾーンへの批判も含んでいたため、シューマンは激怒して席を立ち、二人の関係は一時疎遠になりましたが、後に和解しています。

こうした評価の差はありつつも、全体として本作は発表当初から広く受け入れられ、現在もシューマンの最も愛される作品の一つとして世界中で演奏されています。

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