ピュロバクルム属

ピュロバクルム (Pyrobaculum)

ピュロバクルム（学名：Pyrobaculum）は、古細菌ドメインに属し、テルモプロテウス綱テルモプロテウス目に含まれるテルモプロテウス科の一属です。その名称は、ギリシャ語で「炎」を意味する「pyro-」と、ラテン語で「棒」や「杖」を指す「baculum」に由来しており、極めて高温の環境に生息し、細胞が棒状の形態をとることにちなんでいます。

この属に分類される古細菌は、例外なく非常に高い温度で生育する超好熱菌であり、特に100°C前後の環境で最もよく増殖する性質を持ちます。主な生息地は、陸上にある火山活動に伴う硫黄孔や、比較的浅い海の熱水が湧き出す場所といった、高温かつ化学的な活性が高い環境です。多くの種は酸素を必要としない偏性または通性嫌気性ですが、一部の種は酸素が存在する条件下でも増殖する能力を持っています。

発見とその学術的意義

ピュロバクルム属が初めて分離されたのは1987年のことです。アイスランドの地熱発電所敷地内およびイタリアの硫黄孔という、活発な地熱活動が見られる陸上の高温環境から発見されました。当時、100°Cを超える温度で生育可能な微生物は、全て海の中から見つかる古細菌であるという考え方が一般的でした。しかし、Pyrobaculum islandicumのような陸上からの超好熱菌の発見は、この通説を覆す重要な出来事となりました。

さらに、1996年にはイタリアの海岸地域から分離されたPyrobaculum aerophilumが、微生物学の常識を再び塗り替えました。この種は最高で104°Cという極めて高い温度で増殖できるだけでなく、酸素が存在する環境、すなわち好気条件下でも生育が可能であることが確認されたのです。これは、100°Cを超える温度で酸素を利用して増殖できる、極めて希少な微生物として位置づけられています（なお、非常に少ない酸素を利用する微好気性の超好熱菌としてPyrolobus fumariiが存在します）。このように、ピュロバクルム属は、超好熱性微生物の生育環境や代謝の多様性を示す上で、非常に重要な研究対象となっています。

生理的特徴と形態

ピュロバクルムは、エネルギー源として自分で有機物を合成できない従属栄養性の微生物です。酵母エキスやペプトンといった有機成分を豊富に含む培地でよく増殖することが知られています。細胞が増殖する際にエネルギー代謝で必要となる電子の受け渡しを担う電子受容体は、種によって利用できる物質が異なり、硫黄やチオ硫酸塩、硝酸塩、そして特定の種では酸素など、多様な化合物を利用することができます。この電子受容体の多様性は、生息環境の化学的条件への適応性を示唆しています。

細胞の構造としては、外側を覆う細胞壁が、多くの古細菌に見られる「S層」と呼ばれるタンパク質や糖タンパク質の規則的な配列構造で構成されています。細菌の分類に用いられるグラム染色を行うと陰性を示します。細胞の形は一般的に細長い棒状をしており、多くの種類では細胞の片方の端に運動のための鞭毛を持っています。増殖様式も特徴的で、一般的な二分裂ではなく、細胞の片方の極から新しい細胞が芽のように突出して成長する「出芽」という方法で細胞数を増やします。

生育環境の詳細とゲノム情報

ピュロバクルムが生育できる物理化学的な条件は以下の通りです。

生育温度: 70°Cから104°Cの範囲（至適温度は100°C付近）
生育pH: 弱酸性から弱アルカリ性のpH6からpH9付近
生育NaCl濃度: 食塩を全く含まない環境から海水と同程度の濃度まで

これらの条件は、発見された硫黄孔や熱水域といった環境の特徴を反映しています。

現在までに、Pyrobaculum aerophilum（2002年）、Pyrobaculum islandicum（2006年）、Pyrobaculum calidifontis（2007年）、Pyrobaculum arsenaticum（2007年）の4種について、全ゲノム配列が解読されています。これらのゲノムサイズは1.8Mbpから2.3Mbpの範囲であり、予測される遺伝子（ORF）の数は1900から2700箇所程度であることが明らかになっています。

参考文献

Völkl P, Huber R, Drobner E, Rachel R, Burggraf S, Trincone A, Stetter KO (1993). “Pyrobaculum aerophilum sp. nov., a novel nitrate-reducing hyperthermophilic archaeum.” Appl Environ Microbiol 59: 2918-26. PMID 7692819.

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