ピューレウス

ギリシア神話に登場する人物、ピューレウス（古希: Φυλεύς）は、エーリス地方の王アウゲイアースの子として生まれ、後にドゥーリキオンの王となりました。長母音を省略したピュレウスという表記も用いられます。

家族

ピューレウスの家族関係については、いくつかの異なる伝承が存在します。父アウゲイアースには、アガステネース、アガメーデー、エピカステーといった兄弟姉妹がいました。彼の妻に関しても複数の説があり、スパルタ王テュンダレオースの娘であるティーマンドラー、英雄オデュッセウスの妹クティメネー、あるいはエウステュオケーといった女性たちの名が挙げられています。子供としては、息子メゲースと娘エウリュダメイアをもうけました。息子メゲースは、有名なトロイア戦争においてドゥーリキオンの軍勢を率いた指導者の一人であり、トロイアへと遠征したアカイア（ギリシア）側の重要な人物として活躍しました。娘のエウリュダメイアは、テーバイなどで活動した著名な予言者ポリュイードスの妻となりました。

神話伝承

ピューレウスの生涯で最も広く知られているエピソードは、父アウゲイアースと、ギリシア最大の英雄とされるヘーラクレースとの間に起きた出来事に関わるものです。神話伝承によると、アウゲイアースはヘーラクレースに対し、彼が所有する途方もない数の家畜がいる牛舎の清掃という、人間には不可能とも思える難業を課しました。この仕事の報酬について、両者の間で具体的な約束が交わされた際、ピューレウスは立会人としてその契約の証人となりました。ヘーラクレースは見事に約束を果たし、通常では考えられない方法（河川の流れを変えるなど）で牛舎を清掃し終えました。

しかし、アウゲイアースは仕事が完了した後、ヘーラクレースに対する報酬の支払いを拒否しました。それどころか、報酬を支払う約束をしたという事実そのものまで否定したため、この問題は法廷での審理によって解決されることになりました。この裁判において、証人であったピューレウスは、父であるアウゲイアースの意向に反し、真実を証言しました。彼はヘーラクレースが約束通りに仕事を果たしたこと、そして父が報酬を支払うべきであることを主張しました。この行動に激しく怒った父アウゲイアースによって、ピューレウスは故郷であるエーリスの地から追放されてしまいます。追放されたピューレウスは、エーリスの対岸に位置する島々を含む地域であるドゥーリキオンへと移り住み、その地の王となりました。

このピューレウスが父に追放され、ドゥーリキオンへ移住したという出来事は、すでに古代ギリシアの叙事詩人ホメロスによって『イーリアス』の中で言及されており、そこではピューレウスが父アウゲイアースの不誠実な行いに腹を立てて、自らの意思でエーリスを去ったという形で描かれています。アポロドーロスなどの神話伝承も、この父と子の間の対立とピューレウスの追放を重要な出来事として伝えています。

その後、ヘーラクレースはアウゲイアースの約束破りに対する報復として、軍隊を率いてエーリスへと攻め込みました。彼はアウゲイアースを倒し、その王国を占領します。この時、ヘーラクレースはドゥーリキオンにいたピューレウスを呼び戻し、父の失ったエーリスの王位に就かせたと、地理学者パウサニアスは記録しています。エーリスの王となったピューレウスは、故郷の地に新しい統治制度である国制を制定するなど、国の基盤を整えました。しかし、彼は長くエーリスの王位に留まることはなく、一定の期間が経過した後、再び自らが王であるドゥーリキオンへと帰還することを選びました。彼がエーリスを去った後、王位は彼の兄弟であるアガステネースが継承したとされています。

ピューレウスに関する他の伝承としては、アルカディア地方の王エケモスの妻であったティーマンドラーが精神錯乱に陥った際、ピューレウスが彼女をドゥーリキオンに連れて帰り、自らの妻として迎えたという話があります。これは、先に挙げたテュンダレオースの娘ティーマンドラーと同一視されることが多い人物です。また、エピュラーの王エウペテスから、非常に優れた品質の武具を授けられたという逸話も伝えられており、これはピューレウスがエーリスやドゥーリキオンといった自らの領域を超えて、他国の支配者とも交流を持っていたことを示唆しています。

このように、ピューレウスは、親子の関係における倫理的な判断が原因で故郷を追われながらも、英雄ヘーラクレースとの特別な繋がりを通じて一時的に故郷の王位に就くという、複雑で波乱に満ちた人生を送った人物です。ドゥーリキオンの王として、そしてトロイア戦争に参加する息子メゲースの父として、彼はギリシア神話の世界において一定の存在感を放っています。

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