ピーター・ゼルキン

ピーター・アドルフ・ゼルキン（Peter Adolf Serkin、1947年 7月24日 - 2020年 2月1日）は、アメリカ合衆国出身の著名なピアニストです。ピーター・サーキンと表記されることもあります。彼は音楽界の名門家系に生まれました。父は高名なピアニスト、ルドルフ・ゼルキン、母は偉大なヴァイオリニスト、アドルフ・ブッシュの娘イレーネです。ピーターのミドルネーム「アドルフ」は、母方の祖父であるアドルフ・ブッシュに敬意を表して名付けられたと言われています。

教育とキャリアの始まり

幼少期からカール・ウルリッヒ・シュナーベルにピアノの手ほどきを受けました。1958年、11歳の時にカーティス音楽院に入学し、本格的な音楽教育を開始します。同音楽院では、ポーランド出身のミエチスラフ・ホルショフスキ、アメリカのリー・ルビージといった優れたピアニストたちに師事したほか、父ルドルフ・ゼルキンからも指導を受けました。また、エルンスト・オースター、マルセル・モイーズらからも学び、幅広い視野を培いました。1965年にカーティス音楽院を卒業します。

デビューは1959年、父ルドルフや祖父アドルフ・ブッシュらが設立に携わったマールボロ音楽祭でのことです。これが彼の初めてのコンサート出演となりました。このデビュー演奏が注目を集め、その後はジョージ・セル指揮のクリーヴランド管弦楽団や、ユージン・オーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団といった、世界的に名高いオーケストラとの共演機会が次々と舞い込むようになりました。

1966年、19歳という若さでグラミー賞の最優秀クラシック・アーティスト新人部門に輝き、その才能が高く評価されました。

音楽活動の一時休止と復帰

キャリアの頂点へと駆け上がっていた1968年頃、ピーターは予期せぬ決断を下します。結婚して子供が生まれたばかりの頃、彼は演奏活動を一時的に完全に停止することを決めました。そして1971年の冬、妻ウェンディと幼い娘カリーナを伴い、メキシコの田舎にある小さな町へと移り住み、そこで約8ヶ月間を過ごします。

転居からしばらく経ったある日曜日の朝、隣家から流れてくるヨハン・ゼバスティアン・バッハの音楽を耳にした時、彼の心に変化が訪れました。「やはり私は演奏をするべきだという気持ちが、はっきりと、確信として心に宿るのを感じた」と、後に彼はこの時の心境を語っています。この体験を経て、彼は演奏家として再び歩み始めることを決意し、休暇を終えてアメリカに帰国しました。

現代音楽への取り組みとタッシ

音楽活動を再開したピーターは、幅広いレパートリーを手がけましたが、特に現代音楽への強い関心を示しました。1973年には、オリヴィエ・メシアンの傑作「世の終わりのための四重奏曲」をはじめとする現代作品に取り組むため、クラリネット奏者のリチャード・ストルツマン、ヴァイオリン奏者のアイダ・カヴァフィアン、チェロ奏者のフレッド・シェリーらと共に、現代音楽演奏を目的としたアンサンブル「タッシ（TASHI）」を結成しました。タッシは当時の音楽シーンにおいて、革新的な存在として注目を集めます。

また、彼は日本の音楽界とも繋がりを持ちました。1973年 5月には、作曲家・武満徹がプロデュースした第一回「Music Today」（西武劇場、現在のパルコ劇場）に、タッシとしてではなくピアニストとして単独で出演しています。その後も、1978年 5月から6月にかけて開催された第五回「Music Today」にはタッシとして参加するなど、日本の聴衆にもその演奏を届けました。

ただし、1976年に予定されていた来日ピアノ演奏会は、直前に病気を理由に中止となっています。

人物と交流

ピーターは若い頃、偉大な父ルドルフ・ゼルキンに対して反発心を抱いていた時期があったとされます。父は指揮者の小澤征爾にピーターの後見を依頼し、これがきっかけで二人の親交が始まります。ピーターは18歳頃から小澤と交流を深め、トロントやラヴィニアなどの音楽祭で共に演奏を重ねるうちに、生涯にわたる強い友情で結ばれることとなりました。

レパートリーに関しては、父ルドルフが得意としたベートーヴェンの作品に惹かれつつも、父と同じ道をなぞるのではなく、自身の道を切り開きたいという思いがありました。そのため、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第6番など、比較的演奏機会の少ない作品にも積極的に光を当てるなど、独自の視点をもって演奏活動を行いました。

家族と晩年

ピーター・ゼルキンは生涯で二度結婚しています。一人目の妻との間に一人の子供が生まれましたが、1979年に離婚。二人目の妻レジーナとの間には四人の子供をもうけましたが、2018年に離婚しています。二人の孫がいました。2018年まではマサチューセッツで二人目の妻レジーナと暮らしていました。

2020年 2月1日、ピーター・アドルフ・ゼルキンは膵臓がんのため、ニューヨーク州レッドフックにある自身の自宅で安らかに息を引き取りました。享年72歳でした。彼の独特な解釈と知的な演奏は、クラシック音楽界に大きな足跡を残しました。

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