フェレンツ・エルケル

フェレンツ・エルケル（Ferenc Erkel、1810年11月7日 - 1893年6月15日）は、19世紀ハンガリーを代表する音楽家です。作曲家、指揮者、そしてピアニストとして活躍し、特にオペラの分野で後世に大きな影響を与えました。彼はハンガリー独自のグランド・オペラ様式を確立した功績から、「ハンガリー・オペラの父」と称されています。エルケルの作品の多くはハンガリーの豊かな歴史や文学に題材を得ており、その力強い音楽は今なお多くの人々に親しまれ、国内で頻繁に上演されています。また、彼が1844年に作曲した『賛称（Himnusz）』は、ハンガリーの国歌として広く国民に歌い継がれています。

エルケルはジュラで生まれました。父ヨージェフも音楽家であり、音楽に囲まれた環境で育ちました。作曲家としてのキャリアは、オペラがその中心を占めましたが、ピアノ曲や合唱作品、そして大規模な管弦楽曲である『祝典序曲』なども残しています。オペラにおいては、初期の重要な作品でリブレット（台本）作家のベーニ・エグレッシと共同制作を行いました。音楽史における興味深いエピソードとして、エルケルがフランスの作曲家エクトル・ベルリオーズに、ハンガリーの伝統的な旋律である有名な「ラーコーツィ行進曲」を紹介したことが挙げられます。この旋律は後にベルリオーズの傑作『ファウストの劫罰』に取り入れられ、国際的な広がりを見せました。

エルケルは音楽教育や音楽機関の発展にも指導的な役割を果たしました。1853年に設立されたブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団では、その創設期を支える初代指揮者としてオーケストラを率いました。また、ハンガリー王立音楽院では1886年まで学長の重責を担い、同時にピアノ科の教授として多くの音楽家を育成しました。1884年に壮麗なハンガリー国立歌劇場が建設されると、エルケルはその初代音楽監督に就任し、自作を含むハンガリー・オペラ上演の中心地を牽引しました。

私生活では、1839年にアデール・アドレルシュと結婚しました。夫妻の間には4人の息子、ジュラ、エレク、ラースロー、シャーンドルが生まれ、彼らもまた音楽家の道を進み、父のオペラ創作に参加しています。音楽以外では、エルケルは卓越したチェスプレイヤーとしても知られており、ブダペスト・チェス・クラブ（Pesti Sakk-kör）の設立にも関与するなど、幅広い関心と才能の持ち主でした。

フェレンツ・エルケルの業績は、彼の没後もハンガリー文化の中で重要な位置を占めています。ブダペストには、彼にちなんで名付けられた「エルケル劇場（Erkel Színház）」があり、国立歌劇場の一部門として現在もオペラやバレエが上演される主要な会場となっています（1953年改称）。また、生誕200周年にあたる2010年には、その功績を称え、ハンガリー国立銀行から記念の金貨と銀貨が発行されました。

エルケルが作曲した主なオペラ作品には以下のようなものがあります。

Bátori Mária (2幕、1840年)
フニャディ・ラースロー (4幕、1844年) - ハンガリー・オペラを代表する作品
Erzsébet (3幕、1857年、エルケルは第2幕のみ担当)
バーンク・バーン (3幕、1861年) - ハンガリー国民オペラの傑作とされる
Sarolta (3幕、1862年)
ドージャ・ジェルジ (5幕、1867年)
Brankovics György (4幕、1874年)
Névtelen hősök (名もない英雄、4幕、1880年)
István király (イシュトヴァーン1世、4幕、1885年)
Kemény Simon (3幕形式で構想されたが、断片のみ現存)

フェレンツ・エルケルは、その創造性と指導力によって、ハンガリーにおける芸術音楽、特にオペラの発展に不可欠な役割を果たしました。彼の作品は、ハンガリーの国民的精神と歴史を見事に音楽で表現しており、その遺産は祖国の文化に深く根ざしています。

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