フレデリック・バジール

ジャン・フレデリック・バジール：印象派の先駆者

ジャン・フレデリック・バジール（1841年12月6日 - 1870年11月28日）は、19世紀フランスの画家で、印象派の誕生に重要な役割を果たした一人です。裕福な家庭に生まれ、経済的な余裕を背景に、画家として、また仲間たちの支援者として、その才能を発揮しました。バジールの短い生涯は、印象派という芸術運動の萌芽期を理解する上で欠かせない要素です。

生い立ちと画塾時代

バジールは、フランス南部のモンペリエで、プロテスタントの中産階級の家庭に生まれました。幼少期から絵画に興味を持ち、ウジェーヌ・ドラクロワの作品に強く惹かれました。18歳になると、医学を学ぶことを条件に、両親から絵画の勉強を許され、医学部に進学。その後、1862年にパリへ出て、シャルル・グレールの画塾に入門します。この画塾で、クロード・モネ、ピエール＝オーギュスト・ルノワール、アルフレッド・シスレーといった、後に印象派を代表する画家たちと出会い、深い友情を育みました。彼らは、アカデミズムの制約に飽き足らず、戸外での制作を通じて新しい絵画表現を模索しました。バジールは、モネを「画家の卵の中で一番の友達」と呼び、フォンテーヌブローの森での写生旅行などを通じて、互いに影響を与え合いました。

バジールはまた、従兄弟の家で、ポール・セザンヌ、カミーユ・ピサロ、アルマン・ギヨマンらとも親交を深めました。彼は、グレール画塾のメンバーとアカデミー・シュイスのメンバーを結びつける役割も果たしました。1864年には、モネと共にノルマンディー地方を訪れ、ウジェーヌ・ブーダンやヨハン・ヨンキントといった風景画家たちと出会い、影響を受けました。同年、バジールは従姉妹をモデルにした『ピンクのドレス』を制作し、才能の片鱗を見せました。医学の試験に落第したことをきっかけに、両親から絵画に専念することを許され、画家としての道を歩むことを決意します。

フュルスタンベール通りからヴィスコンティ通りへ

1864年末、バジールはモネを誘い、フュルスタンベール通りにアトリエを構え、共同で制作を始めます。このアトリエには、多くの芸術家や文化人が集まり、交流を深めました。1865年春には、モネがシャイイで『草上の昼食』の制作を始め、バジールはモデルとして協力しました。この頃のバジールの作品は、バルビゾン派に近い、静かな自然を描いたものが多く見られます。1866年のサロンには、『ピアノを弾く少女』と『魚の静物』を出品。『ピアノを弾く少女』は落選したものの、『魚の静物』が入選しました。バジールは、現代的な主題を選んだ『ピアノを弾く少女』の落選を予測していましたが、アカデミズムへの不満を募らせていました。

1866年7月には、アトリエをヴィスコンティ通りに移し、ルノワールと共同で使用しました。ここでは、シスレーやモネも頻繁に訪れ、共同で制作を行いました。1867年のサロンは審査が厳しく、多くの画家が落選しましたが、この頃から、バジールは、サロンから独立したグループ展の開催を考えるようになります。この頃の作品には、家族や友人たちをモデルにした風俗画が増え、アカデミックな画風への回帰も見られます。バジールは、1867年に、代表作である『家族の集い』を制作しました。南仏の強い光の下で描かれたこの作品は、優れた構成力と光のコントラストを示しており、印象派の世界を予感させるものとなりました。バジールはまた、サロンで落選したモネの『庭の中の女たち』を購入し、経済的に彼を支援しました。

ラ・コンダミンヌ通りでの活動

1868年1月、バジールはルノワールと共に、ラ・ペ通り（後のラ・コンダミンヌ通り）にアトリエを移しました。このアトリエは、エドゥアール・マネが通うカフェ・ゲルボワの近くにあり、印象派の画家たちが集う場所となりました。ここでは、モネ、ルノワール、マネの他、エミール・ゾラ、ピサロ、セザンヌ、ギュスターヴ・クールベも集まり、芸術談義に花を咲かせました。1868年のサロンでは、『家族の集い』と『花瓶』が入選。1869年には、『村の眺め』が入選しましたが、『網を持つ漁師』は落選しました。バジールは、サロンから独立した展覧会の構想を温め続けました。1870年には、アトリエを題材にした『バジールのアトリエ』を制作。この作品には、マネが描き込みを行い、サロンに落選した作品を並べることで、アカデミーへの批判を示唆しています。

『バジールのアトリエ』に描かれた『身繕い（化粧）』は、サロン提出期限に間に合わせるため、急遽、3人目の女性を描き加えたものでしたが、1870年のサロンでは落選しました。一方、『夏の情景』は入選し、批評家からも高い評価を得ました。バジールは、この作品を通じて、現代的な男性裸体画を追求する試みを続けました。また、同時期に友人アンリ・ファンタン＝ラトゥールの制作する『バティニョールのアトリエ』のモデルも務めています。バジールは、日本美術への興味を持ち、ファンタン＝ラトゥールと意気投合し、お互いの作品に影響を与えました。バジールは、出征前に『芍薬と黒人の女性』を描き、これがパリで制作した最後の作品となりました。

普仏戦争と死

1870年5月、バジールはモンペリエに帰省し、甥の誕生を祝いました。しかし、同年7月19日に普仏戦争が勃発すると、バジールは志願してズアーブ兵連隊に入隊。同年11月28日、オルレアン近郊の戦いで戦死しました。28歳という若さでした。彼の死は、印象派の画家たちに大きな衝撃を与えました。

死後の評価

バジールの生前、彼が夢見た、サロンから独立したグループ展は、1874年以降、モネ、ルノワール、ピサロ、ドガらによって実現しました。彼らは印象派と呼ばれ、当初は酷評されましたが、次第に受け入れられ、20世紀には美術市場で成功を収めました。1876年の第2回印象派展では、ルノワールがバジールとの友情の証として『バジールの肖像』を出品。バジールの父は、この展覧会で息子の肖像画と再会を果たしました。バジールの親友だったエドモン・メートルは、バジールが購入していたモネの『庭の中の女たち』と、『バジールの肖像』を交換するよう仲介し、バジールの父は、息子の肖像画を譲り受けることができました。この第2回展には、バジールの遺作も2点出品されました。

バジールの残した作品はわずか70点ほどですが、印象派の誕生を語る上で、重要な手がかりとなっています。彼は、経済的な支援者として、また、画家として、印象派の発展に大きく貢献しました。

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