カフェ・ゲルボワ

カフェ・ゲルボワ：印象派誕生の揺りかご

カフェ・ゲルボワは、19世紀のパリ、バティニョール地区に存在したカフェです。エドゥアール・マネをはじめとする、後の印象派の画家たちが集まり、熱い議論を交わした場所として、その名を知られています。

バティニョール地区とカフェ・ゲルボワ

カフェは、オーギュスト・ゲルボワによって経営されていました。場所は、パリ中心部から北西に位置するバティニョール地区。モンマルトルの丘の西側に位置し、かつてはパリ市域外のコミューンでしたが、1860年のパリ市域拡大によって17区に組み込まれました。第二帝政下、ジョルジュ・オスマンによるパリ改造計画によって、近代的な街並みへと姿を変えていった地域です。

芸術家たちの集い

マネは、1850年代半ば頃からカフェ・トルトーニやカフェ・ド・バードに通っていましたが、1864年にバティニョール大通りに引っ越してからは、カフェ・ゲルボワが中心的な集いの場となっていきました。当時、マネは『草上の昼食』や『オランピア』といった作品で物議を醸しており、彼の周りには多くの芸術家や文学者が集まるようになりました。

初期メンバー

詩人のザカリー・アストリュク、マネと中学時代からの友人であるアントナン・プルースト、写真家のナダール、文学志望のエミール・ゾラ、批評家のルイ・エドモン・デュランティ、テオドール・デュレ、フィリップ・ビュルティ、画家のアンリ・ファンタン＝ラトゥール、ルーヴル美術館でマネと出会ったエドガー・ドガなどが初期からの常連でした。

印象派の画家たち

1866年頃からは、後の印象派の画家たちも集まるようになります。クロード・モネは1866年にマネと知り合い、カフェ・ゲルボワに足を運ぶようになりました。ピエール＝オーギュスト・ルノワールとフレデリック・バジールは、1868年にカフェ・ゲルボワの近くに引っ越してきたこともあり、頻繁に訪れていました。モネやルノワールは、カフェでは控えめな聞き役であることが多かったようです。アルフレッド・シスレーも1868年頃から訪れることがありましたが、内気な性格のため、頻繁ではなかったようです。カミーユ・ピサロは、パリ郊外に住んでいたため、パリに出る際にカフェ・ゲルボワに立ち寄りました。ポール・セザンヌもピサロに連れられて参加しましたが、都会的な雰囲気に馴染めず、マネからの握手にも応じなかったというエピソードが残っています。

マネは、その陽気な人柄と魅力で若い画家たちを惹きつけ、経済的な支援も惜しみませんでした。特にマネとドガは、互いの機知に富んだ会話と辛辣な議論を楽しんでいました。カフェの主人は、彼らのために、入口左側の部屋に大理石のテーブルを常に用意していたそうです。モネは、当時の様子を「際限なく意見を戦わすこうした『雑談』ほど面白いものはなかった。そのおかげで、我々の感覚は磨かれ、何週間にもわたって熱中することができ、そうして意見をきちんとまとめることができた。」と回想しています。

バティニョール派の誕生

マネを中心とする画家の集まりは、マネのアトリエとカフェ・ゲルボワがバティニョール地区にあったことから、「バティニョール派」と呼ばれるようになりました。ファンタン・ラトゥールの『バティニョールのアトリエ』には、マネを中心に若い芸術家たちが集まっている様子が描かれています。

カフェ・ゲルボワの終焉とその後

1873年頃、版画家のデブータンの先導により、芸術家たちのたまり場はカフェ・ド・ラ・ヌーヴェル・アテーヌへと移っていきました。1874年には、モネ、ルノワール、ピサロ、ドガといったバティニョール派の画家たちが、サロン・ド・パリから独立したグループ展を開催し、やがて印象派と呼ばれるようになりました。

カフェ・ゲルボワは、その後「ブラスリー・ミュラー」と名前を変え、1957年まで営業を続けました。現在、その場所は雑貨店となっていますが、かつて芸術家たちが集い、新たな芸術の潮流を生み出した場所として、その名は歴史に刻まれています。

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