ブラジル風バッハ

ブラジル風バッハ（バシアーナス・ブラジレイラス）

ブラジルの代表的な作曲家、エイトル・ヴィラ＝ロボスが生み出した重要な作品群『ブラジル風バッハ』（伯: Bachianas Brasileiras）は、様々な楽器編成や演奏形態を持つ全9曲からなる楽曲集、あるいは組曲として知られます。これらの曲は1930年から1945年にかけて、異なる時期に書かれました。作品名の『ブラジル風バッハ』は、ヴィラ＝ロボスが意図したブラジルの民族音楽とバッハの音楽様式の融合を見事に表していますが、原題『Bachianas Brasileiras』が持つ「バッハ風の音楽」と「ブラジル風の音楽」を並置する本来のニュアンスを必ずしも伝えきれないため、近年では原語に近い「バシアーナス・ブラジレイラス」とそのまま呼称されることもあります。

パリへの留学で新古典主義音楽の影響を受けたヴィラ＝ロボスは、この作品集において、バロック音楽に倣った「トッカータ」や「フーガ」といった標題を持つ楽章を配置する一方、ブラジルの風土や文化に触発された「エンボラーダ」や「カイピラの小さな汽車」のような民族的な題名を持つ楽章も数多く盛り込んでいます。各曲はそれぞれ異なる特色を持っています。例えば、第1番は楽章名と内容が比較的合致し、第2番にはジャズの色彩が濃く現れ、第3番ではより新古典主義音楽の探求が見られ、そして第5番はブラジル国民音楽派の色彩を強く帯びています。しかしながら、ブラジル固有のリズムや旋法を用いた旋律を、対位法的手法によって複雑に組み合わせるという、多声的な音楽作りへの探求は、この作品群全体を貫く一貫した姿勢と言えます。そのため、この作品集は「現代の」、あるいは「ブラジル版のブランデンブルク協奏曲」と評されることもあります。

以下に、各曲の概要を記します。

第1番：1932年作曲。8本のチェロのための作品です。3つの楽章からなり、「序奏（エンボラーダ）」、「前奏曲（モヂーニャ）」、「フーガ（対話）」という構成です。

第2番：1933年作曲。室内オーケストラのために書かれました。全4楽章で、「前奏曲（ならず者の唄）」、「アリア（祖国の唄）」、「踊り（藪の思い出）」、「トッカータ（カイピラの小さな汽車）」と、標題的な傾向が明確です。特にサクソフォーンが印象的に用いられ、ジャジーな雰囲気を濃厚に漂わせています。一部の楽章は、作曲初期のチェロとピアノのための作品やピアノ曲からの改作です。

第3番：1934年作曲。ピアノと管弦楽のための、協奏曲的な性格を持つ作品です。構成は4つの楽章からなり、「前奏曲（ポンテイオ）」、「幻想曲（脱線）」、「アリア（モヂーニャ）」、「トッカータ（きつつき）」となっています。

第4番：1930年から41年にかけてピアノ曲として構想され、1942年の改訂版で管弦楽化されました。4つの楽章は、「前奏曲（序奏）」、「コラール（藪の歌）」、「アリア（賛歌）」、「踊り（ミゥヂーニョ）」と名付けられています。

第5番：1938年作曲、1945年改訂。ヴィラ＝ロボスの作品の中でも最も広く知られ、親しまれている曲です。ソプラノ独唱と8本のチェロのために書かれていますが、録音によってはヴィラ＝ロボス自身の意向に基づき、さらに4本のチェロや2本のコントラバスがバス声部の補強のために加えられることもあります。全2楽章で、特に第1楽章「アリア（カンティレーナ）」は有名で、美しい旋律がヴォカリーズで歌われ、その後ハミングで繰り返されます。中間部にはルツ・ヴァラダレシュ・コレアによる歌詞がついています。第2楽章「踊り（マルテロ）」は、マヌエル・バンデイラの歌詞に基づいています。

第6番：1938年作曲。フルートとファゴットという珍しい編成のための作品です。「アリア（ショーロ）」と「幻想曲」の2つの楽章からなります。

第7番：1942年作曲の管弦楽曲です。1944年3月13日にリオデジャネイロで作曲者自身の指揮により初演されました。編成はフルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、コルネット3、トロンボーン4、チューバ、ティンパニ、木琴、チェレスタ、ハープ、弦五部と大編成です。全4楽章構成で、「前奏曲（ポンテイオ）」、「ジグ（カイピラ風カドリーユ）」、「トッカータ（一騎討ち）」、「フーガ（対話）」という楽章名を持ちます。

第8番：1944年作曲の管弦楽曲です。1947年8月6日にローマで作曲者自身の指揮により初演されました。編成はピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、コルネット4、トロンボーン4、チューバ、ティンパニ、打楽器、弦五部です。全4楽章構成で、「前奏曲」（冒頭でヴィオラとチェロが旋律を奏で、主部では弦を伴奏に金管が主題を提示する）、「アリア（モヂーニャ）」、「トッカータ（カティラ・バチーダ）」、「フーガ」という楽章名を持ちます。

* 第9番：1945年作曲。無伴奏合唱版と弦楽合奏版が存在しますが、合唱版が演奏される機会は少ないです。全2楽章で、「前奏曲（ゆったりと神秘的に）」、「フーガ（少し速く）」という構成です。

『ブラジル風バッハ』は、ヴィラ＝ロボスの音楽家としての多様な側面と、ブラジルの豊かな音楽遺産、そしてヨーロッパの伝統音楽が見事に融合した、独創的かつ魅力あふれる作品集と言えるでしょう。

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