トッカータ

トッカータ（Toccata）

トッカータは、主に鍵盤楽器のために作曲された、技巧的で即興的な楽曲の一種です。その名前はイタリア語の動詞「toccare」（触れる）に由来し、元々はオルガンやチェンバロの調子を確かめるための試し弾きを意味していました。速いパッセージや細かな音形の変化を伴うことが多く、演奏者の高度な技術が求められます。

歴史

発生とルネサンス期

16世紀以前の器楽音楽は、声楽アンサンブルのためのポリフォニー作品の編曲や即興的な転用が中心でした。オルガンは教会の典礼において、声楽ポリフォニーの伴奏楽器として用いられていましたが、合唱の音程を安定させる役割も担っていました。

初期のトッカータ的な楽曲は、教会で宗教曲を演奏する際の「音取り」を音楽的に発展させたもので、和声的な進行に音階的なパッセージを伴う、短い即興曲でした。これらの楽曲は、当初は「プレリューディウム (Praeludium)」や「リチェルカーレ (Ricercare)」などと呼ばれていました。

リュートやビウエラなどの撥弦楽器でも、声楽ポリフォニーの編曲演奏が盛んに行われ、その導入部分として即興的な楽曲が演奏されることがありました。これらは「Ricercare」と呼ばれる一方で、「Tastar de Corde」（伊）や「Tiento」（西）などとも呼ばれ、それぞれ「弦に触れる」「感触」という意味を持ち、トッカータと同様の概念を表していました。

オルガン用のトッカータもこの流れに属する楽曲であり、1590年代にはトッカータの名称を持つオルガン曲を収録した楽譜が出版されました。アンニーバレ・パドヴァーノやアンドレア・ガブリエリなどが代表的な作曲家として挙げられます。

ルネサンス末期から初期バロック

パドヴァーノやガブリエリのトッカータは、単純な和声進行と音階的なパッセージの組み合わせで構成されていましたが、和声進行の部分は次第に模倣的、対位法的な様相を帯びるようになりました。クラウディオ・メールロは、対位法的な要素を取り入れたルネサンス的なトッカータ様式の完成者と見なされています。

当時、南ドイツの音楽家たちはヴェネツィアに留学し、その音楽を学ぼうとしていました。ハンス・レーオ・ハスラーは、イタリア風の鍵盤音楽をドイツに持ち込み、トッカータの発展に貢献しました。

フランドル楽派の代表的なオルガニストであるヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンクは、十数曲のトッカータを作曲しました。彼の作品は、和声部分または模倣部分と音階的なパッセージから構成され、イタリアの様式と共通点を持つ一方、パッセージワークはより構造的であると評価されています。このような特徴は、イギリスのヴァージナル楽派の影響を受けています。

ジローラモ・フレスコバルディは、鍵盤音楽の分野で最も重要な作曲家の一人とされ、彼の2巻のトッカータ集は、この時期のトッカータという形式における重要な作品とされています。フレスコバルディは、演奏方法について詳細な指示を与え、ルネサンスの形式から離れ、感情をより直接的に表現するバロック的な表現を追求しました。彼のトッカータは、まとまった楽節を次々に展開する形式が特徴で、後世に大きな影響を与えました。

中後期バロック

フレスコバルディの様式は、弟子たちによって引き継がれ、発展しました。ミケランジェロ・ロッシは半音階やエキセントリックなリズムを強調し、ベルナルド・パスクィーニは後期バロックに近いパッセージワークの技法を展開しました。

ヨハン・ヤーコプ・フローベルガーはフレスコバルディに師事し、その影響を受けつつも、より調和のとれた作風を確立しました。彼はフランス音楽にも造詣が深く、同時代の音楽家たちにも影響を与えました。

南ドイツでは、ヨハン・カスパール・ケルル、ゲオルク・ムッファト、ヨハン・パッヘルベルなどが優れた鍵盤音楽を作曲し、その中には多くのトッカータが含まれています。

北方ヨーロッパでは、ディートリヒ・ブクステフーデがオルガン音楽の伝統を受け継ぎ、即興的な楽節と対位法的な楽節を組み合わせた大規模なトッカータを作曲しました。これらの作品は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハにも影響を与えました。

後期バロックにおいては、アレッサンドロ・スカルラッティがチェンバロ用のトッカータを作曲しました。これらの作品は、技法的に息子のドメニコ・スカルラッティのソナタや古典派の鍵盤音楽に近い特徴を持っています。ヨハン・ゼバスティアン・バッハは、ブクステフーデなどの作品を研究し、オルガン用とチェンバロ用のトッカータを作曲しました。彼の作品は、規模や様式的な一貫性、複雑性において、より発展したものでした。

古典期以降

古典期にはトッカータという名称の作品はほとんど作られなくなりましたが、後期バロックのトッカータが持っていた常動曲的な性格はピアノ音楽に受け継がれました。ムツィオ・クレメンティやロベルト・シューマンなどがトッカータを作曲しましたが、即興的な楽節と対位法的な楽節の組み合わせという本来のトッカータの性質は失われ、速い動きや反復音形が強調されるようになりました。

近代になると、クロード・ドビュッシーやモーリス・ラヴェルなどがトッカータを作曲し、懐古的な発想を取り入れつつも、常動曲としての側面を強調しました。ラヴェルの「トッカータ」は、20世紀のピアノ曲の中でも屈指の難曲として知られています。セルゲイ・プロコフィエフのトッカータも、この流れに位置づけられる作品です。

トッカータは、時代とともに変化しながらも、鍵盤音楽の重要な形式として生き続けています。

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