ヘンリー五世 (シェイクスピア)

シェイクスピアの歴史劇『ヘンリー五世』：百年戦争と王の成長の物語

ウィリアム・シェイクスピアによる歴史劇『ヘンリー五世』（The Life of Henry the Fifth）は、1599年頃に書かれたと推定されている名作です。本作は、百年戦争におけるアジャンクールの戦い前後を中心に、イングランド王ヘンリー五世の生涯を描いています。特に、若き日の奔放な王子から、責任ある統治者へと成長していくヘンリー五世の姿が力強く描かれている点が大きな魅力です。

『ヘンリー五世』は、シェイクスピアの『ヘンリアド四部作』の最終作として位置付けられています。この四部作は、『リチャード二世』から始まり、『ヘンリー四世　第一部』『ヘンリー四世　第二部』と続き、『ヘンリー五世』で完結します。そのため、観客は、前作の『ヘンリー四世』で描かれた、奔放で制御困難な若き日のハル王子（後のヘンリー五世）を既に知っており、本作で彼が立派な王へと成長した姿を見ることで、より大きな感動を得ることができたはずです。

作品の基となった史料

シェイクスピアは、『ヘンリー五世』の創作において、ラファエル・ホリンシェッドの『年代記』（1587年出版の第2版）を主要な史料として用いました。この『年代記』は、劇の創作年代を示す重要な指標となっています。また、エドワード・ホールの『ランカスター、ヨーク両名家の統一』（1542年）も参考にしたと推測されており、さらにはサミュエル・ダニエルの薔薇戦争を題材とした詩からの影響も指摘されています。

創作年代とテキスト

作品中に含まれる、エセックス伯ロバート・デヴァルーへの言及から、1599年前後の創作と推測されています。1600年には『The Chronicle History of Henry the fifth』として出版業組合に登録され、同年中に最初の四折版（Q1）が出版されました。しかし、このQ1は短縮版で「悪い四折版（Bad quarto）」と呼ばれ、海賊版もしくは書き留めたテキストであると考えられています。その後、1602年に第二の四折版（Q2）、そして1623年には「ファースト・フォリオ」版が出版され、これが最も信頼できるテキストとされています。

上演史と大衆文化への影響

『ヘンリー五世』は、1599年春にグローブ座で初演されたと伝えられていますが、確証はありません。しかし、1605年には宮廷で上演された記録が残っており、その後も幾度となく舞台にかけられてきました。シェイクスピアの時代には必ずしも人気があったとは言い切れませんが、現代では頻繁に上演され、その台詞は多くの現代文化作品に引用されています。

中でも特に有名なのは、アジャンクール戦いを前にしたヘンリー五世の「聖クリスピンの祭日」の演説です。この演説は、様々な映画、文学作品、そしてテレビドラマなどで引用され、戦争における勇気と団結を象徴する言葉として、人々の心に深く刻まれています。例えば、スティーブン・アンブローズのノンフィクション『バンド・オブ・ブラザース』の題名は、この演説の一節から取られています。また、映画『ブレイブハート』の脚本家も、この演説を参考にしたと語っています。

登場人物とあらすじ

『ヘンリー五世』には、ヘンリー五世をはじめ、多くの歴史上の人物が登場します。フランス王、ルイ（皇太子）、ブルゴーニュ公、オルレアン公、そしてヘンリー五世の側近や兵士たちなど、様々な人物が複雑に絡み合い、物語を彩ります。また、ピストル、ニム、バードルフといった、滑稽な脇役たちが、本筋とは対照的な動きをすることで、劇にユーモラスな要素を加えています。

あらすじとしては、ヘンリー五世がフランス遠征を決意するところから始まり、サウサンプトンの陰謀事件、ハーフラー包囲戦、そしてアジャンクールでの戦闘、さらにフランス王女キャサリンとの結婚へと物語が進んでいきます。シェイクスピアは、コロス（説明役）を用いて、観客に物語を説明し、想像力を掻き立てる演出を取り入れています。

戦争観をめぐる解釈

『ヘンリー五世』の戦争観については、正反対の解釈が可能です。国家主義的な誇りの美化と解釈する一方で、戦争の残酷さや虚しさを描いた反戦的な作品と解釈することもできます。ヘンリー五世の立派な言葉と、ピストルたち下卑た行動との対比が、この作品に複雑な深みを与えています。

映画化

『ヘンリー五世』は、数多くの映画作品に翻案されてきました。ローレンス・オリヴィエ版やケネス・ブラナー版など、それぞれの監督・俳優の解釈によって、多様な表現がなされています。これら映画化作品は、作品解釈の多様性を示す重要な例となっています。

『ヘンリー五世』は、歴史を題材としながらも、人間の普遍的なテーマを深く掘り下げた作品であり、今もなお世界中で愛され続けている理由と言えるでしょう。

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