ヘーチマン国家

ヘーチマン国家：ザポロージャ・コサック軍の興亡

ヘーチマン国家、正式名称「ザポロージャ・コサック軍」は、17世紀中頃から18世紀にかけて、現在のウクライナ中部に存在したコサックの自治国家です。その成立、繁栄、そして滅亡の歴史は、ウクライナの歴史において重要な位置を占めています。

成立の背景：フメリニツキーの乱

ヘーチマン国家の誕生は、1648年にポーランド・リトアニア共和国で勃発したフメリニツキーの乱に端を発します。ウクライナ・コサックは、ポーランド貴族による支配に対する不満を募らせ、ボフダン・フメリニツキーをヘーチマン（頭領）として反旗を翻しました。

コサック軍は、各地でポーランド軍を破り、支持を拡大。1649年には、ポーランド・リトアニア共和国はコサックとの和平条約を結び、キエフ、チェルニーヒウ、ブラツラウの各県をコサックに割譲し、自治権を認めざるを得ませんでした。こうして、法的にはポーランド・リトアニア共和国の保護下にあるものの、事実上独立した政権としてヘーチマン国家が成立したのです。

ロシアの保護下へ

しかし、ヘーチマン国家は周辺を敵に囲まれた不安定な状況にありました。フメリニツキーは、クリミア・ハン国との同盟が崩壊した後、オスマン帝国の宗主権下に入るなど、様々な外交交渉を重ねました。そして1654年、ロシア・ツァーリ国との間にペレヤースラウ条約を締結し、ロシアの保護下に入ることを選択しました。

この条約は、ウクライナとロシアの関係において重要な転換点となりました。ウクライナ側は一時的な同盟と見なした一方、ロシア側は両国の永続的な統合の始まりと解釈しました。この解釈の違いは、その後の両国の関係に大きな影響を与えることになります。

分裂と衰退：大荒廃時代

フメリニツキーの死後、ヘーチマン国家はドニプロ川を境に左右に分裂し、各国の思惑が絡み合い、内戦状態に陥りました。この時代は「大荒廃時代」（ルイーナ）と呼ばれ、国家は衰退の一途をたどりました。

1667年のアンドルソヴォ条約により、ウクライナはポーランドとロシアの間で分割統治されることになり、この状況は1686年の永遠平和条約で固定化されました。ドニプロ川左岸はロシアの支配下に入り、「左岸ウクライナ」と呼ばれるようになります。

自治権の喪失と国家の終焉

18世紀に入ると、ロシアはヘーチマン国家に対する支配を強化していきます。1709年、ヘーチマンのイヴァン・マゼーパが大北方戦争においてロシアから離反し、スウェーデン側についたことで、ロシアの締め付けはさらに厳しくなりました。

1764年、エカチェリーナ2世はヘーチマン制を廃止し、ヘーチマン国家は事実上消滅しました。1781年には、旧領土にチェルニーヒウ、ノーヴホロド・シーヴェルシクィイ、キエフの各代官地が設置され、ヘーチマン国家は完全にロシア帝国に組み込まれることとなったのです。

国家の構造：コサックの自治

ヘーチマン国家は、「ザポロージャのコサック軍」とも呼ばれ、その国家構造はコサックの自治に根ざしていました。国家元首であるヘーチマンは、コサックの総会によって選出され、立法、行政、司法の最高権力を有していました。

国家は連隊（ポールク）と呼ばれる行政単位に分かれ、各連隊は連隊長（ポルコーウヌィク）によって統治されました。また、コサックの根拠地であるザポロージャのシーチは、ヘーチマンの直轄地として自治を保っていました。

社会構造と階級

社会は、コサック、貴族、聖職者、町人、農民という階級に分かれていました。国政はコサックによって主導され、貴族と聖職者には身分権と領地自治権が、町人にはドイツ法に基づく自治権が保障されていました。

フメリニツキーの乱後、多くの農民は農奴から解放され、自由な所有者となりました。コサック国家では、階級の境界は比較的柔軟で、貴族や町人がコサックになることも少なくありませんでした。

まとめ

ヘーチマン国家は、ウクライナの歴史における重要な一時期を象徴する存在です。コサックの自治と独立を追求したこの国家の興亡は、ウクライナのアイデンティティ形成に大きな影響を与えました。その歴史は、現代のウクライナにも深く根付いていると言えるでしょう。

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