ベニート・ペレス・ガルドス

ベニート・ペレス・ガルドス（Benito Pérez Galdós、1843年 5月10日 - 1920年 1月4日）は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活動したスペインを代表する写実主義の小説家、劇作家です。ミゲル・デ・セルバンテスに匹敵するほどの国民的な名声を得ており、スペイン文学史において極めて重要な位置を占めています。

ガルドスはカナリア諸島のラス・パルマス・デ・グラン・カナリアで生を受けましたが、19歳で首都マドリードへ移り住み、その後の生涯の大半をこの地で過ごしながら文筆活動を行いました。

彼の膨大な作品群の中でも、特にスペイン国内で広く読まれ、評価が高いのは、46巻からなる歴史小説シリーズ『国民挿話（Episodios nacionales）』と、マドリードを舞台にした大長編『フォルトゥナータとハシンタ（Fortunata y Jacinta）』です。一方、国外では、彼が同時代スペインを描いた小説シリーズ「現代スペイン小説（Novelas españolas contemporáneas）」の方がよく知られています。

作家としての初期には、綿密な文献調査に基づき、歴史上の人物と架空の登場人物を織り交ぜた作品を執筆しました。フランスの文豪オノレ・ド・バルザックの小説群のように、ガルドスの作品においても、登場人物が複数の小説にわたって描かれる手法が用いられています。彼の作品は1805年から19世紀末にかけてのスペイン社会を背景とし、そこに投影された彼の急進的で反聖職者的な思想が色濃く反映されています。

代表的な小説として、以下のような作品が挙げられます。

『ドニャ・ペルフェクタ（Doña Perfecta）』（1876年）：保守的で抑圧的な田舎町を訪れた若い改革派の青年が直面する悲劇を描いています。
『マリアネラ（Marianela）』（1878年）：盲目だった青年が視力を取り戻し、献身的に支えてくれた女性マリアネラの外見が醜いことを知って彼女を拒絶するという痛ましい物語です。
* 『ミアウ（Miau）』（1888年）：政権交代により職を失った官僚の父親と、体面を気にする家族が経済的な困窮に陥り、ついには父親を破滅に追いやる様を描写しています。

そして、1886年から1887年にかけて発表された『フォルトゥナータとハシンタ（Fortunata y Jacinta）』は、ガルドスの最高傑作として広く認められています。ロシアのレフ・トルストイの『戦争と平和』に匹敵するほどの規模を持ち、若い遊び人、その妻、そして彼の愛人となる下層階級の女性、それぞれの夫という4人の主要人物を中心にした、当時のマドリード社会における複雑な人間関係と運命を描き出しています。

また、『アンヘル・ゲーラ（Ángel Guerra）』（1891年）では、清廉で近づきがたい女性を得ようとする男が、その過程で不可知論からカトリシズムへと信仰を変えていく物語が描かれています。

文学活動の傍ら、ガルドスは政治にも関わりました。1886年には首相の推薦によりプエルトリコ選出の国会議員に指名され、その後1907年には共和党の代議士としても活動しました。文学界では、1897年に権威あるスペイン王立アカデミーの会員に選出され、その地位を確固たるものとしました。

晩年、1912年に視覚を失うという困難に見舞われましたが、口述筆記によって創作活動を中断することなく続けました。ガルドスは1920年 1月4日に76歳でこの世を去りました。彼の死に際し、マドリードの主要な公園であるブエン・レティーロ公園には、彼の文学的功績を称え、市民の寄付のみによって記念像が建立されました。

ガルドスは、長編小説31作品、46巻に及ぶ『国民挿話』、23の戯曲、そして短編や報道記事などをまとめた20巻分の著作を残した非常に多産な作家でした。現代のスペインにおいても彼は絶大な人気を保っており、「ガルドシスタス」と呼ばれる研究者たちは、彼をチャールズ・ディケンズ、オノレ・ド・バルザック、レフ・トルストイといった世界の文豪と肩を並べる存在とみなしています。ただし、英語圏では1950年代以降に翻訳が進んだものの、まだ彼の名声は十分に浸透しているとは言えない状況です。

彼の戯曲は一般的には小説ほどの成功を収めなかったと評されますが、『レアリダー（Realidad）』（1892年）はスペイン写実演劇の歴史において重要な作品とされています。

ガルドスの小説は、しばしば映画の題材ともなっています。特に著名な例として、スペインの巨匠ルイス・ブニュエル監督が『ハルマ（Halma）』を下敷きにした『ビリディアナ（Viridiana）』（1961年）や、『ナサリン（Nazarín）』（1959年）、『哀しみのトリスターナ（Tristana）』（1970年）などを手掛けています。

生誕地であるラス・パルマス・デ・グラン・カナリアにはガルドス博物館があり、ホアキン・ソローリャによる肖像画など、彼の生涯と作品に関する資料が展示されています。また、かつてスペインで使用されていた1000ペセタ紙幣にその肖像が採用されていたことからも、彼がいかに国民に愛された作家であったかがうかがえます。

ベニート・ペレス・ガルドスは、その圧倒的な作品量、深い人間描写、そして同時代社会に対する鋭い洞察力によって、スペイン文学の黄金時代以降で最も偉大な作家の一人として、不朽の遺産を残しています。

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