ベーロス

ベーロス（古希: Βῆλος, Bēlos, ラテン語: Belus）は、古代ギリシアの神話に語り継がれる重要な人物です。長母音を省略したベロスという表記でも広く知られています。彼の名は、古代オリエント世界で広く崇拝された最高神バアル（Baal）に由来すると考えられており、これはギリシア神話が周辺の文化、特に東方の影響を受けている可能性を示す一例とされています。

ベーロスの血筋は、神と人間の両方に由来する特別なものでした。彼の父は、強大な海の神ポセイドーンです。一方、母はエジプトを統治した王エパポスの娘であるリビュエーでした。リビュエーは、エジプト王家という人間の血筋を持ちながら、神との間にベーロスをもうけたのです。ベーロスは、アゲーノールという名の双子の兄弟と共にこの世に生を受けました。このアゲーノールもまた、後にフェニキアの王となり、エウローペーなどの伝説的な人物たちの父となる、神話において重要な役割を果たす人物です。このように、ベーロスとアゲーノールは、海の神とエジプト王家の血筋を結びつける存在として、神話的な系譜の中で独特の位置を占めています。

ベーロスは成長し、自らの家庭を築きます。彼は、古代エジプトの豊かな恵みをもたらす大河ナイル川の河神ネイロスの娘であるアンキノエーを妻として娶りました。ベーロスとアンキノエーの間には、後にギリシア神話の有名な物語の舞台となる二人の息子が生まれます。彼らもまた双子の兄弟であり、アイギュプトスとダナオスと名付けられました。アイギュプトスという名は、古代エジプトそのものの呼称（アイギュプトス）と強く結びついており、ダナオスは後のダナイ族、すなわちギリシア本土のアルゴス地方の人々の祖とされる人物です。このように、ベーロスの子孫はエジプト、リビュア、そしてギリシア本土へとその勢力を広げていくことになります。

ベーロスは父として、二人の息子たちの将来の支配地を定めました。彼は息子のアイギュプトスには遠く離れたアラビアの地を、そしてもう一人の息子であるダナオスにはリビュアの地を与え、それぞれに移り住むよう命じました。このベーロスによる息子たちの領地分割は、後の彼ら兄弟とその子孫たちの間に起こる激しい対立の発端となります。特に、アイギュプトスの息子たちとダナオスの娘たち（ダナイデス）の間の婚姻と、それに続く多くの悲劇は、ギリシア神話の中でも特に広く知られた物語の一つです。ベーロスのこの決定は、息子たちの勢力圏を明確に分けることで、その後の抗争の地理的な舞台を設定したと言えるでしょう。

さらに、古代ギリシアにおける三大悲劇詩人の一人として高名なエウリーピデースは、ベーロスにはアイギュプトスとダナオスの他にも子供がいたという、異なる系譜に関する説を伝えています。エウリーピデースの語るところによれば、ベーロスの子としてケーペウスとピーネウスという二人の息子がいたとされます。ケーペウスは後にエチオピアの王となり、アンドロメダーの父として、有名な英雄ペルセウスの物語に登場します。ピーネウスもまた、ケーペウスの兄弟であり、アンドロメダーの婚約者としてペルセウスと対立する人物です。このように、ベーロスの子孫は、ペルセウスのような主要な英雄の物語にも深く関わっており、神話世界の様々な出来事にその影響を及ぼしています。

ベーロスに関するこれらの神話的な記述は、主に紀元前後のローマ時代に活動した著述家アポロドーロスの『ギリシア神話』をはじめ、近代の研究者である高津春繁氏の『ギリシア・ローマ神話辞典』といった信頼できる文献に基づいています。彼の物語は、エジプトや中東といった地域とギリシア本土との間の神話的な繋がりを示す重要な接点であり、多くの有名な神話的な系譜の出発点の一つとなっています。ベーロスは、単なる系図上の通過点ではなく、その子孫たちが後の神話の主要な出来事に関わることから、神話世界におけるその存在意義は大きいと言えます。彼の物語は、古代世界の広がりと文化交流の一端を垣間見せてくれる貴重なものです。

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