ペトロニウス

ガイウス・ペトロニウス：ネロ帝時代の謎多き文筆家

ガイウス・ペトロニウスは、紀元1世紀のローマ帝国、ユリウス＝クラウディウス朝期に活躍した政治家であり、文筆家でした。皇帝ネロの寵臣として知られ、現在も高い評価を受けている小説『サテュリコン』の作者であると広く信じられています。しかしながら、彼の生涯については不明な点が多く、歴史の謎に包まれた人物と言えるでしょう。

ペトロニウスの生年は諸説あり、確証を得られていません。14年、20年、27年といった説が挙げられていますが、確実な記録は残されていません。若かり頃の経歴も不明瞭で、確かな史料は残っていません。

歴史家タキトゥス、プルタルコス、大プリニウスらは、ペトロニウスをネロ帝の宮廷における「典雅の審判者（elegantiae arbiter）」と評しています。これは、宮廷の文化や美意識を決定づける重要な役割を担っていたことを示唆しています。

ペトロニウスは、行政官としてのキャリアも積んでいました。ビテュニア属州総督を務めた後、62年には執政官に就任しています。元老院議員としての地位も得ており、ローマ社会における高位の人物であったことが分かります。

彼は贅沢で享楽的な生活を送っていたと伝えられており、ネロ帝にとっては流行のアドバイザー、親しい遊び仲間であったと言われています。しかし、その華やかな生活の裏では、陰謀渦巻く宮廷の政治に巻き込まれていくことになります。

ペトロニウスの死は、ネロ帝の側近でありプラエフェクトゥス・プラエトリオ（近衛隊長）を務めていたガイウス・オフォニウス・ティゲッリヌスの讒言によって引き起こされたとされています。ティゲッリヌスは、ペトロニウスが65年のピソの陰謀に関与していたとネロ帝に告げ口し、ペトロニウスは自殺に追い込まれたと伝えられています。

ペトロニウスの姓名についても議論があります。タキトゥスは『年代記』で「ガイウス・ペトロニウス」と記していますが、『サテュリコン』の写本には「ティトゥス・ペトロニウス」と記されています。現在では、これらの記述は同一人物を指すと考えられており、多くの人は「ペトロニウス・アルビテル」という呼び名を使っています。これは、『サテュリコン』の作者像とタキトゥスの記述が一致すること、またネロ帝の宮廷に同名の人物が複数存在したとは考えにくいという理由からです。

20世紀前半のイギリスの作家、D・H・ロレンスは、『サテュリコン』を読んだ感想を次のように記しています。「ペトロニウスは公明正大だ。彼は何をしても彼の中の純粋な精神を堕落させ汚させはしない」。この言葉は、ペトロニウスという人物と彼の作品に対する一つの解釈を示しています。

ペトロニウスの生涯と『サテュリコン』は、ネロ帝時代のローマ帝国の政治、文化、そして人間の深層を垣間見せる貴重な資料であり、現代においても多くの研究者や読者を魅了し続けています。彼の作品は、古代ローマの生活や風俗をリアルに描き出すだけでなく、人間の欲望や虚無感といった普遍的なテーマを扱っている点も高く評価されています。

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