ペトロー・コナシェーヴィチ・サハイダーチヌイ

ペトロー・コナシェーヴィチ・サハイダーチヌイ（1570年 - 1622年 3月20日）は、ウクライナの国民的英雄であり、17世紀初頭にウクライナ・コサックの大長官を務めました。彼は、コサック軍の改革、オスマン帝国との激しい戦い、ウクライナ文化の振興、正教会の保護など、多岐にわたる分野で重要な役割を果たしました。その勇敢さと戦略的な手腕は、多くの民謡や物語に語り継がれています。

生涯

少年時代

1570年、サハイダーチヌイはポーランド・リトアニア共和国のルーシ県で、正教徒のウクライナ貴族の家に生まれました。少年時代はヴォルイーニ地方のオストローフ学校で学び、リヴィウ、キエフへと移り、家庭教師や判事の助手として働きました。

コサックとしての台頭

1590年頃、サハイダーチヌイはコサックの本拠地であるザポロージャのシーチに入隊し、コサックとしての道を歩み始めました。1600年にはポーランド軍と共にオスマン帝国の属国モルドヴァ公国への出兵に参加し、その軍事的な才能を発揮しました。1606年にはコサックの長官となり、コサック軍を率いてオスマン帝国領内へと進撃、難攻不落とされたヴァルナ要塞を陥落させました。この戦いでは、要塞の住民を殺害し、多くの戦利品を得たとされています。

黒海の荒らし

1607年以降、サハイダーチヌイ率いるコサック軍は、オスマン帝国の属国クリミア・ハン国への攻撃を開始し、ペレコープやオチャーキウといった主要都市を略奪しました。さらに、1608年から1609年にかけては、小型のチャイカ船で編成されたコサック艦隊を率いてドナウ川の河口に侵入し、キリア城、アッケルマン城、イズマイール城を荒らしました。1612年から1614年には、オスマン帝国の海岸を襲撃し、黒海でのオスマン帝国の軍艦や商船を次々と沈没させました。

コサック軍の改革

1614年、サハイダーチヌイはコサック軍の輸送官、そして大長官に選出され、コサック軍の本格的な軍事改革に着手しました。彼はコサックをゲリラ軍から正規軍へと変貌させ、厳しい訓練と軍律を導入しました。出陣中の飲酒を禁止し、軍律違反者には死罪を科すなど、規律を重視しました。訓練では、馬術よりも弓術、銃術、砲術が重視されました。

同年にサハイダーチヌイのコサック軍はアナトリア半島のオスマン帝国の港湾都市スィノプを焼き払い、翌年にはイスタンブールの郊外に上陸し、オスマン帝国の黒海海軍の軍艦を焼き払い、海軍提督を捕虜にしました。この攻撃はオスマン帝国に大きな衝撃を与えました。1616年には、コサックのチャイカ海軍はヴァルナとスィノプを再び襲撃し、オスマン帝国の新編成の黒海海軍を全滅させ、クリミア半島最大の奴隷市場であったカッファ市を攻撃、1万4千人の守備軍を破り、奴隷と捕虜を解放しました。この武勇はヨーロッパ全体に波紋を広げました。

ロシアへの出兵

1618年、サハイダーチヌイは2万人のコサック軍を率いて、ポーランド・リトアニア共和国の王子ヴワディスワフ4世を救うために、ロシア・ポーランド戦争に介入しました。ロシア軍の裏をかき、南方のプティーウリからモスクワへ進軍しました。コサック軍は、プティーウリ、ルィーリスク、クルスクなど多くのロシアの都市や城を陥落させ、セルプホフ付近でロシア軍を破り、モスクワ近郊でヴワディスワフ4世と合流しました。

モスクワは包囲されましたが、総攻撃は中止され、戦争はデウリノ和約によって終結しました。サハイダーチヌイはコサック軍を率いてウクライナに帰還しました。しかし、ポーランド・リトアニア共和国の政府はコサック軍の縮小政策を実施し、非登録コサックとの対立が生じましたが、サハイダーチヌイはコサック軍の存続を優先しました。後にポーランド・オスマン戦争が勃発し、サハイダーチヌイは全コサックの大長官に復帰しました。

正教会の保護

サハイダーチヌイは熱心な正教徒であり、1596年のブレスト合同以降、非合法な存在となっていたウクライナ正教会の復活に尽力しました。1620年には、ザポロージャのコサック軍と共にキエフ兄弟団に入団し、コサックを正教会の保護者としました。エルサレム総主教フェオファン3世の協力を得てウクライナ正教会を再編し、教会組織を復活させました。

ホティンの戦い

ポーランド・リトアニア共和国政府は、サハイダーチヌイが正教会を支援していたことに不満を持っていましたが、オスマン帝国との戦争のため、サハイダーチヌイを頼らざるを得ませんでした。1620年、ツェツォラの戦いでポーランド・リトアニア軍が敗北したため、政府はサハイダーチヌイにコサックの援軍を要請しました。サハイダーチヌイは、コサックの自治権拡大や正教会の公認を条件に政府と交渉し、合意を得てコサック軍を派遣しました。

1621年、サハイダーチヌイは4万人のコサック軍を率いて、ポーランドとオスマン帝国の国境にあるホティン城へと向かいました。ホティンの戦いでは、コサック軍はポーランド・リトアニア軍と共に、20万人のオスマン帝国軍と対峙しました。コサックの防御線はオスマン帝国の猛攻を耐え抜き、オスマン帝国軍は大きな損害を出し、最終的に和平交渉を余儀なくされました。ホティンの戦いにおけるコサック軍の活躍は、オスマン帝国の中東欧進出を阻止する上で重要な役割を果たしました。

サハイダーチヌイは、この戦いで負傷し、キエフへと運ばれ、1622年 3月20日に亡くなりました。彼の遺体はキエフ兄弟団の公現祭教会に埋葬され、財産はキエフ兄弟団学校とリヴィウ兄弟団学校に寄贈されました。

評価

ウクライナの歴史において、サハイダーチヌイは英雄として讃えられています。彼の活躍により、キエフはウクライナ文化の中心となり、コサックは封建領主と並ぶ軍事力を得たとされています。ウクライナの史学では、サハイダーチヌイは「ウクライナ海軍の創始者」、「コサック軍の改革者」、「ウクライナの偉大な司令官」として描かれることが多く、その活躍は多くの民話や民謡に歌われています。

ポーランド史学では、サハイダーチヌイはポーランド・リトアニア共和国に忠誠を尽くしたコサックの司令官と見なされています。一方、ロシア・ソ連史学では、ロシアへの出兵を理由に、彼の評価は必ずしも高くありません。

サハイダーチヌイは、コサックの歴史、そしてウクライナの歴史において、重要な人物の一人であると言えるでしょう。

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