ペンダ (マーシア王)

7世紀のマーシア王ペンダ

ペンダ（Penda、生年不詳 - 655年 11月15日没）は、7世紀半ばに現在のイングランド中央部ミッドランドに位置したアングロサクソン王国、マーシアを統治した国王（在位：626年頃 - 655年）。彼の治世においてマーシアはその勢力を大きく拡大し、地域における強国としての地位を確立しました。また、アングロサクソン諸王国にキリスト教が広まりつつあった時代にあって、彼は最後まで古来の信仰を守り続けた人物としても知られています。

資料に見るペンダ

この時代の記録は乏しく、ペンダに関する主要な資料は限られています。9世紀にウェセックス王国で編纂された『アングロサクソン年代記』、同時代のノーサンブリアの修道士ベーダ・ヴェネラビリス（ベーダ）による『イングランド教会史』、そして9世紀のブリトン人の史書とされるネンニウスの『ブリトン人の歴史』が挙げられます。これらの資料は、ペンダの敵国または被征服国側の視点で書かれていることが多く、記述内容には差異が見られます。例えば、彼の統治期間については、『イングランド教会史』は22年間、『ブリトン人の歴史』は10年間、『アングロサクソン年代記』は30年間と、資料によって大きく食い違っています。こうした違いは、マーシア自身の記録が残されていないことに起因すると考えられています。

『イングランド教会史』では、ペンダは「マーシアの高貴な血筋から出た最も好戦的な男」と評され、エドウィン王を破った後、22年間マーシアを統治し、富をもたらしたと記されています。現代の歴史家フランク・ステントンは、彼の高貴な出自を認め、エドウィン没後の唯一の有力王であったと推測しています。

出自と王位就任の謎

ペンダの出自はピュバの子とされ、神話上の主神ウォーデンにまで遡るという伝説的な系譜を持っています。『アングロサクソン年代記』にもその系譜が記されており、伝承性の強さがうかがえます。父ピュバ、息子ペーダの存在は確実視されています。『ブリトン人の歴史』には、ピュバには12人の息子がいたと記され、中でもペンダとエオワの名が目立ちます。ペンダにはエオワの他にコエンワルフという兄弟もおり、この血筋から後にマーシア王が輩出されています。

ペンダがいつ、どのような経緯で王位に就いたのかは明確ではありません。彼が登場した7世紀初頭には、チェルルという人物がマーシア王であったとベーダによって伝えられています。チェルルはペンダの先王とされますが、両者の血縁関係や王位交代の詳細は不明です。12世紀の歴史家ハンティングドンのヘンリーは、チェルルがピュバの親族であったと述べていますが、ペンダとチェルルが異なる血筋の政敵であった可能性も指摘されています。

『アングロサクソン年代記』のある記述では、ペンダは626年に50歳で即位し、30年間統治したとされていますが、この年齢や統治期間は正確ではないと考えられています。特に50歳での即位説は、彼の子供との年齢差を考えると不自然であり、現代の歴史家は、むしろ戦死時に50歳、即位時は20歳頃であったと推測しています。

ペンダの活動が記録で確認できる最も早い時期の一つとして、『アングロサクソン年代記』の628年の項目に、彼がウェセックスの王たち、キュネイルスとクウィチェルムと戦い、「合意に達した」との記述があります。これはウェセックス側の控えめな表現であり、実際にはペンダが西サクソン勢力に勝利し、サイレンスターを中心とするセヴァーン川下流域の土地を獲得したと解釈されています。この時期に彼がすでにマーシア王であったか、あるいは独立した有力な指導者であったか、または部族連合の一部を率いる立場であったかは議論の対象となっています。この土地はかつてウェセックスがブリトン人から奪ったものであり、後に小国ウィッチェの支配地となっていることから、ペンダがウィッチェ建国に関与した可能性も指摘されています。

強大化の過程

ペンダが歴史の表舞台に強く現れるのは、633年のハットフィールド・チェイスの戦いです。この戦いでは、ノーサンブリアの強大な王エドウィンに対抗するウェールズのグゥイネッズ王カドゥアソンと同盟を結び、ノーサンブリア軍を破り、エドウィンを戦死させました。この時点ではまだ王ではなかった可能性もありますが、ベーダが彼に言及していることから、この戦いの直後に王位に就いたと考えられています。『アングロサクソン年代記』の記述からは、ペンダとカドゥアソンがノーサンブリアの土地を広く略奪した様子がうかがえます。カドゥアソンはその後もノーサンブリアとの戦いを続けましたが、ペンダは早期に戦線から離脱したと見られています。これは、ハットフィールド・チェイスでの勝利によってマーシア国内での地位を固め、王位に就いたペンダが、自身の立場を安定させるために外部の戦いから手を引いたためと考えられています。

ハットフィールド・チェイスの戦い後、ノーサンブリアではオスワルドが王位に就きました。この時期のペンダの動向は記録されていませんが、マーシアはノーサンブリアの宗主権下にあったと考えられています。ペンダ自身もオスワルドの権威を認めていたようですが、オスワルドはペンダの潜在的な力を警戒し、ウェセックスとの同盟を模索し始めます。こうした記述は、後年のペンダの隆盛を際立たせるための脚色である可能性も否定できません。

オスワルドの治世下で、ペンダはノーサンブリアの先王エドウィンの息子エドフリスを処刑しました。これは「自身が誓った宣誓に反する」行為であったと伝えられています。この処刑の理由については諸説あり、オスワルドがエドフリスを危険視し、ペンダに圧力をかけて殺させたという説や、エドフリスがマーシアの先王チェルルの外孫であり、ペンダ自身の地位への脅威となり得たために殺害したという説があります。

また、ペンダはオスワルドの治世中に東アングル王国とも戦った記録があります。彼は東アングルの王エグリッチと、兵士を鼓舞するために戦線に復帰した前王シエベルトを破り、戦死させました。この戦いの正確な時期は不明ですが、マザーフィールドの戦いより前であったことは一致しています。この戦いでのペンダの活躍が、オスワルドに一層の警戒心を抱かせ、両者の対立を深めたと考えられています。

一方、『ブリトン人の歴史』や『カンブリア年代記』には、ペンダの兄弟エオワがマザーフィールドの戦いの時期にマーシア王であったとの記述が見られます。エオワとペンダの関係については資料がなく、エオワがペンダの下位王として共同統治していたという説や、権力に陰りが見えたペンダに代わって、ノーサンブリアと同盟関係にあったエオワがマーシア王となっていたという説などがあります。もしエオワがマーシアの主たる王であったなら、その死は『ブリトン人の歴史』に記されているはずだという反論もあり、議論は続いています。

マザーフィールドの勝利とマーシアの台頭

642年 8月5日、ペンダはマザーフィールドの戦いでノーサンブリア王オスワルドを打ち破り、戦死させました。この戦いはウェールズ近郊で行われ、ウェールズの詩からはペンダがポウィスのブリトン人と同盟していたことが示唆されます。戦場が特定されていれば、オスワルドが侵攻し、ペンダは迎え撃つ形であったと考えられます。12世紀の史家ダラムのレイナルドは、戦前にペンダが逃亡し、油断したオスワルドが兵を退いた隙を突いたと伝えていますが、これを裏付ける資料はなく、創作の可能性も指摘されています。

ベーダの記述によれば、勝利したペンダは、戦死したオスワルドの遺体を八つ裂きにし、その首や腕を杭に打ち付けたといいます。この残虐な行為は、異教徒であるペンダの宗教的儀式であった可能性も考えられています。オスワルドは、異教徒との戦いで命を落としたキリスト教徒の王として、後に聖人として崇敬されることになります。

この戦いでは、ペンダの兄弟エオワも戦死しました。エオワがペンダの味方として戦ったのか、それとも敵対していたのかは不明ですが、彼の死により、ペンダは外敵であるオスワルドと、内にあり得た敵対勢力であるエオワの両方を排除できたとも言えます。こうしてペンダの前に立ちはだかる存在が消え、マーシア史上最も強力な王がミッドランドに君臨することとなりました。一方、ノーサンブリアはオスワルドの死により急速に弱体化し、デイアラとバーニシアの二つの王国に分裂しました。勝利したマーシアはペンダのもとで近隣諸国への影響力を強めていきます。

さらなる外征と終焉

マザーフィールドでの敗戦により、ノーサンブリアは西サクソンへの影響力を失い、西サクソンがマーシアへ接近するのを止められなくなりました。西サクソン王チェンワルフはペンダの姉妹と結婚していましたが、ベーダによると、チェンワルフが彼女を退けて別の女性を娶ったことが、ペンダの西サクソン進攻の引き金となりました。ペンダは645年にウェセックスへ侵攻し、チェンワルフを東アングルへ亡命させました。チェンワルフの亡命は3年続いたとされますが、ペンダが655年に戦死するまで西サクソンへ戻れなかったという見方もあります。チェンワルフ追放後のウェセックスを誰が統治したかは不明ですが、ペンダに従順な人物であったと考えられています。

654年には、ペンダは東アングルへ侵攻し、亡命したチェンワルフを庇護していた王アンナを戦死させました。アンナの跡を継いだ兄弟エゼルヘレは、ペンダと同盟者となり、後のノーサンブリア遠征に同行することになります。東アングル遠征の動機は推測の域を出ませんが、息子ペーダが治めるミドルアングリア地方の安定化を図るためとも考えられています。

ペンダはノーサンブリア分裂後のバーニシア王国にも遠征を行っています。ベーダは651年の出来事とし、ペンダがノーサンブリア各地を略奪し、バーニシアの城砦バンバラを包囲したと伝えています。しかしこの包囲は失敗に終わりました。ベーダはこの失敗を、直後に亡くなった司教アイダンの奇跡によるものとしています。この記述は、当時のバーニシア王オスウィがペンダに対して劣勢であり、直接対決を避けていた状況を示唆しているとも考えられます。両者の会戦は、655年のウィンウェドの戦いまで記録がありません。

655年、ペンダは多くの兵を率いてノーサンブリアのバーニシア王国への遠征を敢行しました。この遠征には、盟友であったグウィネド王キャダフェル、東アングル王エゼルヘレも同行しました。ペンダはすでに、分裂したノーサンブリアの一方であるデイアラ王国の王エゼルワルド（父オスワルドをペンダに殺された人物）を651年に暗殺し、その後のエゼルワルドを同盟者としていました。ベーダによれば、このエゼルワルドが遠征の案内役を務めたといいます。

この遠征の発端については諸説あります。東アングルのウルフヘレが原因であったとする説（ベーダの記述に基づくが、その意味は不明）、キリスト教を介したノーサンブリアの「マーシア植民化」を警戒したとする説、オスウィによるノーサンブリア再統合の動きを阻止しようとした説、あるいは分裂したノーサンブリア内部の緊張関係が近隣国の介入を招いたとする説などがあります。

『ブリトン人の歴史』によれば、ペンダはユデウという地でオスウィを包囲し、オスウィは金銭による和平交渉を試みました。また、オスウィの息子エクグフリスは人質としてペンダの王妃キュネウィスのもとに幽閉されていたと伝えられています。

恐らくペンダの軍は南へ後退し、マーシアへ帰還しようとしていたと思われますが、戦いはウィンウェドという川の近くで行われました。この場所は特定されていませんが、ベーダはそれが11月15日の出来事であったと伝えています。戦いの詳しい経緯は不明ですが、寡兵であったオスウィがペンダの大軍の隙を突いた可能性が考えられます。

『ブリトン人の歴史』では、マーシア軍は兵の逃亡によって弱体化したと記され、同盟者のキャダフェルは「夜間に逃れた」とあります。ベーダによれば、デイアラのエゼルワルドは軍を退き「安全な場所で待った」と記されています。これらの記述は、同盟軍の中に戦いに消極的な勢力がいたこと、あるいはペンダの敗北を見越して離脱したことを示唆しており、各同盟者にはそれぞれの思惑があったと考えられます。豪雨により川が増水する中、ペンダ率いるマーシア軍は大敗を喫しました。ベーダは「30人の指揮官と彼の支援に回った者たちは逃亡したが、そのほとんど全員が殺された」、戦死者以上に川に溺れた者がいたと伝えています。マーシア王ペンダと東アングル王エゼルヘレはこの戦いで命を落としました。

ペンダの首は切り落とされたと言われ、これは彼がかつてオスワルドに行った行為と同じ運命を辿ったことを暗示しています。12世紀の史家ハンティングドンのヘンリーは、ペンダは自身が陥れた人々と同じような最期を迎えたと述べています。

死後の影響

ペンダの死後、勝利したオスウィは一時的にマーシアを支配下に置きました。ペンダの息子ペーダはオスウィの庇護のもと、南マーシアの支配のみを認められました。しかし、後にペンダの他の息子たち、ウルフヘレとエゼルレッドが王位に就き、650年代後半にはマーシアをノーサンブリアの支配から解放します。ペンダ直系の血統は、曾孫のチェオルレッドが716年に死去するまでマーシア王位を継承しますが、これ以降はペンダの兄弟エオワの血統が王位に就くこととなります。ペンダは、その壮絶な生涯を通じて、マーシアをアングロサクソン七王国屈指の強国へと押し上げた、紛れもない英傑でした。

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