ホバーツ・ファニーズ

ホバーツ・ファニーズ：連合軍上陸作戦を支えた特殊車両群

第二次世界大戦中、イギリス軍第79機甲師団は、連合軍の上陸作戦を成功に導くため、数々の特殊車両を開発・運用しました。これらの車両は、パーシー・ホバート少将の指揮の下、開発されたことから「ホバーツ・ファニーズ（Hobart's Funnies）」と呼ばれています。「ファニーズ」とは、そのユニークな設計と役割を指す非公式な呼称で、日本語では「ホバートの愉快な仲間たち」といった意味合いです。

開発の背景

1942年のディエップ上陸作戦の失敗は、上陸作戦における新たなアプローチの必要性を浮き彫りにしました。連合軍の車両が、海岸の障害物や防御線を克服できないことが、作戦失敗の大きな要因だったのです。

この反省を踏まえ、イギリス軍参謀総長アラン・ブルック将軍は1943年、特殊車両部隊の創設を決定。機甲戦の専門家であるパーシー・ホバート少将をその指揮官に任命しました。ホバート少将は既存の戦車を改造したり、新たな設計を取り入れたりしながら、様々な特殊車両の開発と部隊の訓練に尽力しました。

既にイギリス軍や他国の軍隊では、戦車の改造による特殊車両の試験運用が行われていました。例えば、地雷処理ローラーを装備した戦車や、主砲を近接支援用の砲に換装した車両などは、実戦投入されていたのです。ホバート少将はこれらの経験を基に、上陸作戦に最適な特殊車両を開発していきました。

1944年、ホバート少将はアイゼンハワー将軍とモントゴメリー将軍に、開発された特殊車両を披露しました。これらの車両は、ノルマンディー上陸作戦で大きな役割を果たすことになります。しかし、アメリカ軍は、訓練の困難さや、イギリス軍独自の戦車であるチャーチル戦車をベースとした車両の維持補修の負担を理由に、多くの車両の導入を見送りました。オマハ・ビーチでの上陸作戦でアメリカ軍が大きな損害を出したことは、この決定を批判する声につながりました。

ファニーズとして知られる車種

ホバーツ・ファニーズは、主にチャーチル歩兵戦車とM4シャーマン中戦車をベースに改造された車両で構成されていました。チャーチル戦車は高い不整地走破性と重装甲、そして良好な居住性を備えていたため、多くの特殊車両のベースとして選ばれました。一方、シャーマン戦車は高い信頼性を誇っていました。

主なファニーズとして以下のような車両があります。

チャーチル・クロコダイル（火炎放射戦車）: チャーチル戦車の車体に火炎放射器を搭載した車両。大型の燃料搭載トレーラーを牽引していました。アメリカ軍もシャーマン・クロコダイルを運用しましたが、第二次世界大戦での生産数はわずかでした。
チャーチルAVRE（戦闘工兵車）: チャーチル戦車の主砲をペタード臼砲に換装し、様々な工兵資材を搭載できるアダプターを取り付けた車両。敷設路、粗朶束、突撃橋、地雷処理装置など、様々な装備が用意されました。
チャーチルARK（装甲ランプキャリアー）: 砲塔を取り外したチャーチル戦車を、超壕用の通路として使用するための車両。折りたたみ式のランプを備え、長さ約20メートルの通路を形成できました。
シャーマン・クラブ（地雷処理戦車）: シャーマン戦車の車体に、回転式のチェーンで地雷を処理するマインフレイルを取り付けた車両。
DD戦車（水陸両用戦車）: 展開式の浮航用スクリーンにより、水上を航行できるようになった戦車。ノルマンディー上陸作戦では、シャーマンDDが運用されました。
LVT バッファロー（水陸両用車）: アメリカ製のLVTをイギリス軍が運用した名称。上陸作戦や渡河作戦で使用されました。
装甲ブルドーザー: キャタピラー社のブルドーザーに装甲板を装着した車両。上陸地点の障害物処理に使用されました。
セントー・ドーザー: セントー巡航戦車をベースに、砲塔を取り外し、ドーザーブレードを取り付けた車両。強力な防御力を必要とする状況で使用されました。
* シャーマンBARV（装甲回収車）: 海中での行動も可能な装甲回収車。水没した車両の回収や、浜に乗り上げた上陸用舟艇の処理に使用されました。

戦後の運用

チャーチル・クロコダイルやセントー・ドーザーは朝鮮戦争でも使用されました。チャーチルAVREやシャーマンBARVは1960年代まで運用され、その後はセンチュリオンAVREやセンチュリオンBARVへと引き継がれました。ホバーツ・ファニーズは、上陸作戦における工兵任務のあり方を革新し、現代の戦闘工兵車の原型ともいえる存在となりました。これらの車両の開発と運用は、現代の戦闘工兵部隊の基礎を築いたと言えるでしょう。

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