ボルガル遺跡

ボルガル遺跡：歴史と文化が交錯する場所

ボルガル遺跡は、ヴォルガ川とカマ川の合流点付近に位置し、かつてヴォルガ・ブルガール王国の首都として栄えた都市ブルガールの遺跡です。この地は、中世にイスラム教を国教とした国家の中で最北に位置しており、現在も地域のムスリムにとって重要な巡礼地となっています。遺跡は、ロシア連邦タタールスタン共和国にあり、その歴史と文化は多くの人々に影響を与え続けています。

ヴォルガ・ブルガールの歴史

ヴォルガ・ブルガール人がこの地域に進出した時期については、7世紀半ばから9世紀初頭まで諸説あり、正確な時期はまだ特定されていません。初期のヴォルガ・ブルガールの王たちは、夏と冬で異なる居留地を持っており、夏の居留地が西暦925年頃に都市ブルガールへと発展しました。

ヴォルガ・ブルガールは、当初ハザール王国に臣従していましたが、アッバース朝との関係を深め、イスラム教を積極的に受容するようになり、独立を志向しました。922年には、アッバース朝から派遣された使節の一人であるイブン・ファドラーンがこの地を訪れ、彼の著した『報告書』（『ヴォルガ・ブルガール旅行記』）は、当時のブルガール市の様子を伝える貴重な記録となっています。

ブルガール市は、東ヨーロッパと中央アジアを結ぶ交易の要衝として栄え、皮革工業をはじめとする手工業も発展しました。多くの物資が集まる場所として、広大な広場や手工業者の住宅が立ち並んでいました。遷都後もブルガールの交易上の地位は変わらず、繁栄を続けましたが、1236年にモンゴルの侵攻により炎上しました。しかし、1242年にはジョチ・ウルスの最初の首都となり、13世紀後半には再興を果たし、サライに遷都した後も多くの建造物が築かれ、現在までその一部が残っています。

ジョチ・ウルスが衰退すると、ブルガールはカザン・ハン国の一部となり、引き続き交易の要衝およびイスラム信仰の中心地としての役割を果たしました。16世紀以降はムスリムの巡礼地としても機能しています。しかし、カザン・ハン国の滅亡とともにロシアに編入され、ブルガール市はスパスクと改称されました。18世紀にはロシア正教会の修道院が置かれた時期もありました。

遺跡の保護と再評価

1722年には、ピョートル1世が遺跡を視察し、その保存と調査を命じました。これはロシアにおける遺跡保存のための初期の取り組みの一つであり、重要な出来事でした。しかし、その一方で、16世紀から19世紀にかけて、新しい市街のための石切り場として遺跡が破壊されたことも事実です。

ソビエト連邦時代には、スパスクは何度か名前を変え、1969年にはタタール自治ソビエト社会主義共和国によって、国立ボルガル歴史建築博物館保護区が設定されました。1950年代半ばのダム建設により、街は遺跡から離れた場所に移転しました。

ソ連崩壊後、タタールスタンでは民族史再考の機運が高まり、ボルガル遺跡はタタール人にとっての「父祖の土地」であり、イスラム教の拠点と位置づけられるようになりました。1989年にはイスラム教受容1100周年を記念する「聖ボルガルの集い」が開催され、その後、国の公式行事となり、地域にとって重要な巡礼地となっています。

世界遺産登録への道のり

ボルガル遺跡は、1991年に世界遺産の暫定リストに記載され、1998年に推薦されました。当初、諮問機関であるICOMOSは登録を勧告しましたが、その後、修復方法を巡る議論や、根拠に基づかない修復や開発によって、世界遺産としての完全性と真正性が失われたとして、登録が見送られました。

2013年には、ロシア当局が再度申請を行いましたが、ICOMOSは再び不登録を勧告しました。しかし、ロシアは審議を取り下げずに、委員会審議に臨み、情報照会とすることを提案しました。最終的に2014年、その歴史的・文化的価値が認められ、「ボルガルの歴史的考古学的遺産群」として正式に世界遺産に登録されました。

登録基準と遺跡の価値

世界遺産の登録基準として、ボルガル遺跡は以下の二つの基準を満たしていると評価されました。

(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの。

これらの基準は、ボルガルがテュルク、フィン・ウゴル、スラヴなど多様な文化が交流した場所であり、また、ムスリムにとっての精神的な拠り所として重要な場所であることを示しています。

主要な建造物

ボルガル遺跡には、歴史的な建造物が数多く残っています。大ミナレット、モスク、廟などがその代表です。しかし、世界遺産としての価値は、物質的な側面よりも、その精神性に重きが置かれています。ICOMOSは、この遺跡の真正性は「立地、精神、感覚」によって示されると指摘しています。

遺跡地域には、現代に建てられた記念宮など、新しい建造物も追加されています。

ボルガル遺跡は、歴史、文化、そして信仰が交錯する重要な場所として、これからもその価値を伝え続けていくでしょう。

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