ボンベイ (映画)

インド映画史に残る名作『ボンベイ』：宗教対立と愛の物語

1995年公開のインド映画『ボンベイ』(Bombay)は、マニラトナム監督によるロマンティック・ドラマです。アルヴィンド・スワーミとマニーシャ・コイララという当時を代表するスター俳優が主演を務め、1992年から1993年にかけて発生したボンベイ暴動という歴史的事件を背景に、ヒンドゥー教徒とムスリムの若者カップルの愛と葛藤を描いています。

本作は、インド社会の複雑な政治情勢と宗教対立、そして個人の葛藤を見事に融合させた作品として高く評価されています。マニラトナム監督は、この作品を「共同社会の調和を描いたポジティブな映画」と表現しており、ボンベイ暴動そのものをテーマに据えるのではなく、暴力に巻き込まれていく無力な人々の姿を描き出すことで、社会問題への鋭い視点を提示しています。

映画のストーリーは、ヒンドゥー教徒のシェーカルとムスリムのシャーイラーの禁断の恋を中心に展開します。二人の愛は、宗教的な偏見や社会的な圧力、そしてボンベイ暴動という過酷な現実の中で試されていきます。彼らは、それぞれの家族やコミュニティとの関係、そして自身のアイデンティティとの葛藤に苦しみながらも、愛を貫こうとします。

キャストは、アルヴィンド・スワーミとマニーシャ・コイララを始め、ナーサル、キッティなど、当時のインド映画界を代表する実力派俳優たちが顔を揃えています。特に、マニーシャ・コイララの繊細な演技は、観客の心を深く揺さぶります。ムスリムのナーサルがヒンドゥー教徒役、ヒンドゥー教徒のキッティがムスリム役を演じたというキャスティングは、監督の意図的な演出であり、宗教を超えた人間の普遍的な感情を浮き彫りにしています。

映画音楽は、A・R・ラフマーンが担当しています。彼の作曲によるサウンドトラックは、インド映画史上最も成功したサウンドトラックの一つとして知られ、1500万枚以上の売上を記録しました。名曲「Humma Humma」や「Kannalane」、「Uyire」などは、今もなおインドの人々に愛され続けています。これらの楽曲は、映画のテーマである愛や喪失、希望などを効果的に表現しており、作品の感動をさらに高めています。

撮影は、インド各地で行われました。雨の中での撮影や、屋内外の様々なロケーションを巧みに使い分けることで、ボンベイ暴動の緊迫感や、登場人物たちの感情をリアルに表現しています。バーブリー・マスジドの破壊シーンについては、中央映画認証委員会の審査を通過するために、新聞記事と写真による表現に変更されたというエピソードも残されています。

『ボンベイ』は、タミル語で製作されましたが、ヒンディー語、テルグ語、マラヤーラム語など、複数の言語に吹き替えられ、インド全土で公開されました。しかし、マレーシアとシンガポールでは、宗教対立の描写が問題視され、上映が禁止されたという経緯もあります。

公開当時から高い評価を得た本作は、興行収入においても大きな成功を収めました。批評家からも絶賛され、国際映画祭にも出品され、数々の賞を受賞しています。現在もなお、インド映画史における重要な作品として語り継がれ、その芸術性と社会性から高い評価を得続けています。様々な要因が絡み合い、複雑な様相を呈するインド社会の断面を描き出した本作は、現代においても見る者に多くの示唆を与えてくれるでしょう。

参考文献

Chatterjee, Partha; Jeganathan, Pradeep (2005) [2000]. Community, Gender and Violence. Permanent Black. ISBN 81-7824-033-5
Gopalan, Lalitha (2005). Bombay: BFI Film Classics. London: BFI Publishing. ISBN 978-0-85170-956-7
Rangan, Baradwaj (2012). Conversations with Mani Ratnam*. India: Penguin Books. ISBN 978-0-670-08520-0

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