マクリス

マクリス（Μακρις, Makris）

ギリシア神話に語られる女性。彼女は、文化英雄として知られ、養蜂術や畜産、オリーブ栽培などを人間に伝えたとされるアリスタイオスと、テーバイの王女アウトノエーの間に生まれた娘にあたります。また、悲劇的な最期を遂げた狩人アクタイオーンとは兄妹の関係にあります。

マクリスに関する最も詳細な記述は、古代ギリシアの詩人ロドスのアポローニオスが著した叙事詩『アルゴナウティカ』に見ることができます。この物語によると、マクリスはかつて、エウボイア島に住んでいました。エウボイア島は、当時アバンテス人と呼ばれる部族が支配する土地でした。

マクリスの生涯において特筆すべき出来事は、幼いディオニューソスとの関わりです。主神ゼウスとその愛人セメレーの子であるディオニューソスは、生まれる前に母を失うという運命をたどりました。セメレーがゼウスの真の姿を見て焼け死んだ際、神々の使者であるヘルメースが、セメレーの胎内から未熟なディオニューソスを救い出し、大切に育てられるべき場所へと運びました。この時、エウボイア島にいたマクリスは、ヘルメースから託された生まれたばかりの神の子を優しく抱き上げました。そして、甘美な蜂蜜を神の幼い唇に与え、その成長を助けたと伝えられています。

しかし、この行いはゼウスの正妻であり、セメレーを激しく憎んでいた女神ヘーラーの怒りを買いました。ヘーラーは、ゼウスが不倫によって生まれた子を養育したマクリスに対して強い嫉妬心を抱き、彼女を故郷であるエウボイア島から追放しました。

故郷を追われたマクリスは、遠く離れたパイアーケス人の住むスケリア島へと漂着しました。スケリア島は、後の物語ではオデュッセウスが漂着し、手厚いもてなしを受ける島としても知られています。マクリスはスケリア島に到着すると、海岸沿いにある洞窟を自身の新たな住処としました。

スケリア島での生活において、マクリスは豊穣の女神デーメーテールの特別な恩寵を受けました。デーメーテールから直接、農業に関する知識や技術を深く学んだマクリスは、その知識を惜しみなく島の住人であるパイアーケス人に伝えました。マクリスがもたらした進んだ農業技術によって、スケリア島には豊かな実りがもたらされ、島の人々の暮らしは格段に豊かになったと言われています。

マクリスが島にもたらした多大な貢献と、デーメーテールの寵愛を受けた存在であることから、パイアーケス人の間では、彼女が暮らしていた海岸の洞窟が神聖な場所として崇められるようになりました。この洞窟は、その神聖さゆえに、後世において重要な出来事の舞台となります。

それは、英雄イアーソーンとその妻メーデイアの婚礼です。金羊毛の探求を終え、コルキスの王女メーデイアを伴って帰国の途についたイアーソーン一行は、スケリア島に立ち寄りました。そこで、追跡してきたコルキスの軍勢や、メーデイアの引き渡しを求める島の人々との間で問題が生じましたが、最終的にはスケリア島の王アルキノオスとその妃アレテーの裁定により、メーデイアがイアーソーンと結婚しているならば引き渡さないこととなりました。この裁定を受け、イアーソーンとメーデイアは、マクリスがかつて住んでいた神聖な洞窟で正式な婚礼の儀式を執り行い、そこで初めて夫婦として夜を共にしました。

このように、イアーソーンとメーデイアの夫婦としての始まりの場所となったことにちなみ、マクリスが住んだその洞窟は、後に《メーデイアの聖なる洞窟》と呼ばれるようになったと伝えられています。

このように、マクリスは幼い神ディオニューソスを育んだ者としてヘーラーの怒りに触れる悲運を経験しつつも、漂着した地で女神の庇護を受け、人間社会に恵みをもたらした人物として、そして重要な神話上の出来事の舞台となった場所の由来に関わる人物として語り継がれています。

参考文献

『オデュッセイア／アルゴナウティカ』 松平千秋・岡道男訳、講談社、1982年

関連項目

アリスタイオス
メーデイア
ディオニューソス
ヘーラー
デーメーテール
イアーソーン
スケリア島

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