マツヘリカメムシ

マツヘリカメムシ

マツヘリカメムシ（学名：Leptoglossus occidentalis）は、カメムシ目に属するヘリカメムシ科の一種です。北米大陸の西部を原産とするこの昆虫は、主にマツ科の植物に寄生し、その種子や新芽などから養分を吸い取って生育します。その名の通り、後脚に特徴的な葉状の構造を持つことが識別点の一つとなっています。

分布

原産地

本種はカリフォルニア州で最初に記載され、本来の分布域はカナダ、アメリカ合衆国、メキシコのロッキー山脈よりも西の地域に限定されていました。

移入と拡大

20世紀半ばになると、マツヘリカメムシは原産地である北米西部から東部へと生息域を広げ始めました。特に1950年代後半には東部での定着が確認され、1990年代までにはニューヨーク州に達するなど、急速に分布を拡大しました。

北米大陸外への侵入は1999年にイタリアで初めて記録されました。ヴェネツィア周辺の港や空港を通じて持ち込まれたと推測されており、その後わずか数年でスイス、スロベニア、クロアチア、スペイン、オーストリア、ドイツ、フランス、イギリスなど、ヨーロッパ各地に拡散しました。

日本での最初の記録は2008年です。東京都内の複数の場所で発見されたほか、同時期に埼玉県や神奈川県を含む首都圏でも確認されました。その後、わずか10年ほどでその分布域は大きく広がり、現在では東北地方から九州地方まで、日本の広い範囲で見られるようになっています。ただし、輸入されたベイマツ材のコンテナ内で2003年に本種が確認された例もあり、実際にはこれより早期に日本へ侵入していた可能性も指摘されています。

形態

成虫は体長15〜20ミリメートル、体幅5〜7ミリメートルと比較的大型のカメムシです。胴体も頭部も細長く、全体的に赤褐色から褐色をしています。微細な毛で覆われているため光沢がなく、錆びたような色に見えます。

本種を含むアシビロヘリカメムシ属の大きな特徴は、後脚の脛（すね）の部分に、先端に向かって広がるオールのような葉状の付属物を持つことです。マツヘリカメムシの場合、この葉状片は脛節本体を挟んでほぼ左右対称になっており、表と裏にそれぞれ白い小さな斑点が対で見られることがありますが、不明瞭な場合もあります。葉状片の周縁には細かい鋸歯がありますが、遠目には目立たない小さなものです。後脚全体は他の脚に比べて太く発達しており、腿（ふともも）の裏側には7個前後の小さな棘が並んでいます。中脚も細いながら腿の後縁に数個の小棘があります。

背面に重ねられた翅の中央付近には、横切るようなジグザグ状の白い線、あるいはその一部が残った小さな菱形の紋が現れることがありますが、これらも個体によっては不明瞭なことがあります。翅の外側からはみ出す腹部の側面（結合板）には、濃淡のまだら模様があります。

幼虫は、成虫とは体型が異なりますが、翅がないこと以外は構造は似ています。体の割に脚が長く、オレンジ色の地に黒い小さな斑点があります。後脚の葉状片は成虫ほど発達しません。不完全変態のため蛹の期間はなく、孵化したばかりの若齢幼虫では腹部の背面全体が露出しており、終齢幼虫でもその大部分が見えています。

生態

概要

マツヘリカメムシは主にマツ科の植物に寄生し、幼虫も成虫も植物の新芽、球果（松かさ）、そして種子などから口吻（こうふん）を刺し入れて汁を吸います。特に北米の在来地では、ベイマツなどのトガサワラ属の植物に多く見られます。

本来の分布地であるアメリカでは通常、年に一度世代を繰り返しますが、メキシコの熱帯地域では年に三世代を経る例も知られています。

夜間には灯火によく集まる習性があり、昆虫採集の際にはライトトラップで多数捕獲されることがあります。

秋には越冬場所を求めて移動しますが、この際に大量の成虫が民家などの建造物内に侵入することがあります。また、稀にポリエチレン製の配管設備などを口吻で傷つける例もあり、家屋害虫として問題となる場合もあります。

生活環

北米西部での典型的な生活環では、5月から6月にかけて越冬を終えた成虫が現れます。成虫は餌を摂りながら繁殖活動に入ります。卵は円筒形で、春の中頃から終わりにかけて、寄主植物の葉の付け根などに数個ずつまとめて産み付けられます。卵は約10日で孵化し、1齢幼虫は葉や若い球果の鱗片から吸汁を開始します。2齢以降になると種子からも吸汁するようになります。越冬を終えた成虫も引き続き吸汁・産卵を続けます。カメムシ目は不完全変態であるため、蛹にはなりません。孵化した幼虫は4回脱皮を繰り返して5齢幼虫（終齢）となり、さらに5回目の脱皮を経て成虫になります。8月中旬頃になると、同じ枝に様々な齢の幼虫と新成虫が混在している様子が見られます。秋が深まると、すべての個体が成虫になり、冬を越すための場所を探し始めます。木の割れ目などを越冬場所としますが、この探査行動の際に屋内に侵入することがよくあります。

寄主植物

マツ属を中心に、40種以上の植物から吸汁が報告されています。日本の外来個体群では、クロマツからの記録があります。主な寄主植物は以下の通りです。

在来分布域（北米西部）: コントルタマツ、ノブコーンパイン、カナダトウヒ、ベイマツなど
外来分布域（北米、欧州、日本）: バンクスマツ、ストローブマツ、レジノーサマツ、カナダツガ、モンタナマツ、ヨーロッパクロマツ、ヨーロッパアカマツ、クロマツなど
その他: マツ科のモミ属やヒマラヤスギ属、ヒノキ科のビャクシン属などの針葉樹に加え、ミカン属のような柑橘類での観察例、飼育実験ではピスタチオでも正常に育つことが確認されています。

名称と分類

マツヘリカメムシの和名は、2009年に日本で初めて本種の記録が報告された際に新しく提唱されました。学名 Leptoglossus occidentalis は、1910年にハイデマンによって記載されました。属名「Leptoglossus」はギリシア語で「細い舌」を意味し、種小名「occidentalis」はラテン語で「西の、西部の」という意味です。英語では「Western conifer seed bug」（西部の針葉樹種子カメムシ）と呼ばれ、しばしばWCSBと略されます。「leaf-footed bug」（葉脚カメムシ）という通称もありますが、これは後脚に葉状片を持つ本属や近縁属の総称であり、マツヘリカメムシだけを指す正確な呼び方ではありません。

類似種

アシビロヘリカメムシ属（Leptoglossus）には、亜種を含め53種が知られており、そのほとんどが北米から南米にかけての新世界に分布しています。北米では、本種は時にL. corculusと混同されることがあります。しかし、L. corculusは後脚の脛節の外側の葉状部が脛節の先端まで達するのに対し、マツヘリカメムシは内外の葉状部ともに脛節のおよそ3分の2の長さまでしかない点で区別できます。かつて旧世界（ヨーロッパ、アジア、アフリカなど）で見られる本属の種は、熱帯から亜熱帯に広く分布するアシビロヘリカメムシ（L. gonagra*）ただ1種でしたが、マツヘリカメムシの侵入により、旧世界でも2種が見られるようになりました。

アシビロヘリカメムシは、日本では主に奄美大島よりも南の地域に生息しています。体色がより黒っぽく、体の下面に橙色の斑点が多数あること、そして後脚の葉状片の外縁に小さな棘が2つあることで、マツヘリカメムシと容易に見分けることができます。

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