マニュファクチュール

マニュファクチュールとは何か？時計業界の複雑な定義と現状

マニュファクチュールとは、時計業界において「ムーブメント（時計の駆動装置）から自社一貫製造する時計メーカー」を指す言葉です。これはフランス語の "Manufacture d'horlogerie" に由来します。

マニュファクチュールの定義とエタブリスールとの違い

マニュファクチュールは、ムーブメントメーカーからムーブメントを調達して時計を組み立てるエタブリスール（établisseur）の対義語として用いられます。自社でムーブメントを製造できることは、高度な技術力を持つ証とされています。

初めて自社一貫製造を取り入れたブランドはゼニスであり、1865年に確立しました。当時、時計製造がまだ多くの小さな家内工房に依存していた時代に、ゼニスは時計製作に関わる様々な技術を一つの場所に集結させたのです。

マニュファクチュールの実態

しかし、マニュファクチュールと呼ばれる時計メーカーでも、全ての製品を自社製ムーブメントで製造しているわけではありません。多くのメーカーは、自社製ムーブメントを使う製品ラインと、ムーブメントメーカーから調達したムーブメントを使う製品ラインを分けています。

特にクロノグラフに関しては、パテック・フィリップやロレックスといった名門ブランドでさえ、長らく外部からのムーブメント供給に頼っていました。ただし、ロレックスは2000年以降、自社開発・自社製造したクロノグラフ用ムーブメントCal.4130を使用しています。

また、機械式時計の基幹部品であるヒゲゼンマイの製造は、非常に高度な技術を要します。そのため、ほとんどのマニュファクチュールでも自社製造できず、自社でヒゲゼンマイを製造していると公表している時計メーカーは世界でもごくわずかです。パテック・フィリップなどのスイス三大高級時計メーカーも、ヒゲゼンマイは外部からの調達に依存しています。

完全なマニュファクチュールとは

一方、セイコーやロレックスは、針から文字盤、ケース、ヒゲゼンマイに至るまで全ての部品を自社で生産する「完全なマニュファクチュール」と呼べる存在です。シチズンも、製造装置からヒゲゼンマイ、ムーブメントに至るまで自社生産しており、2010年には約30年ぶりの新型自社ムーブメントを発表し、改めてマニュファクチュール宣言をしました。

多様化するマニュファクチュールの形態

近年では、ムーブメントの設計のみを行い、製造は他社に委託するファブレス・マニュファクチュールも増えています。また、ノモスのようにムーブメントメーカーからムーブメントの設計図とその使用権を購入して生産する会社も存在します。

さらに、自社製ムーブメントを謳っていても、ムーブメントメーカーのムーブメントとの類似性を指摘され、流用を疑われるケースもあります。

マーケティング用語としての乱用

このように、マニュファクチュールとエタブリスールとの間には明確な境界線がなく、近年では時計メーカーや時計販売店がマーケティング用語として「マニュファクチュール」を乱用する傾向が見られます。

主なマニュファクチュールブランドの例

パテック・フィリップ
オーデマ・ピゲ
ヴァシュロン・コンスタンタン
A.ランゲ&ゾーネ
ブレゲ
ジャガー・ルクルト
ブランパン
ロレックス
ゼニス
ジラール・ペルゴ
グラスヒュッテ・オリジナル
ショパール
パネライ
ピアジェ
IWC
ユリスナルダン
ブライトリング
ブルガリ
H.モーザー
ロジェ・デュブイ
パルミジャーニ・フルリエ
F.P.ジュルヌ
モリッツ・グロスマン
ウブロ
フレデリック・コンスタント
モーリス・ラクロア
セイコー
シチズン
オリエント

参考文献

グランドセイコー50年の本質　クロノス日本版 2010年5月号
* グランドセイコー 理想を追い求める完全主義　クロノス日本版 2012年6月号

マニュファクチュールという言葉は、その定義の曖昧さゆえに、様々な解釈が可能です。時計を選ぶ際には、単に「マニュファクチュール」という言葉に惑わされず、各ブランドの技術力や哲学を理解することが重要です。

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