マルチプレーン・カメラ

マルチプレーン・カメラとは

マルチプレーン・カメラは、主にセルアニメーションの制作において、独特な奥行きと視覚効果を生み出すために開発された特殊な映画撮影用カメラシステムです。複数のセル画をカメラからの距離を変えて配置し、それらを一枚の映像として撮影することで、奥行きのある映像表現を可能にします。

この技術の核心は、被写界深度の利用にあります。カメラに近いセル画に焦点を合わせると、遠くの背景やセル画は焦点がぼやけ、あたかも遠くの景色が霞んで見えるような、空気遠近法に似た効果が生まれます。これにより、アニメーションに自然な奥行きと立体感が加わり、よりリアルで魅力的な映像体験を提供します。

また、マルチプレーン・カメラは、レンズフィルターだけでなく、ガラス板に油絵具や透明絵具で模様を描いたり、セル画にやすりで傷をつけるなど、手作りのフィルターを使用できる点も特徴です。これにより、独特な視覚効果やアーティスティックな表現が可能になり、作品に深みと個性を加えることができます。

しかし、マルチプレーン・カメラには欠点も存在します。セル画を置く各層の調整、照明、撮影準備に手間がかかり、通常の撮影に比べて多くのスタッフと時間を要します。そのため、制作コストが増加するという側面もあります。

歴史

マルチプレーン・カメラの先駆的な技術は、1926年にロッテ・ライニガーがアニメーション大作『アクメッド王子の冒険』で使用したのが最初とされています。彼女の助手であったベルトールド・バルトッシも、1930年の作品『The Idea』で同様の技術を使用しました。

初期のマルチプレーン・カメラは、1933年にウォルト・ディズニー・カンパニーのアニメーター、アブ・アイワークスによって発明されました。彼は水平カメラの前に4層のセル画を配置する装置を開発し、その装置には古いシボレー車の部品が使用されました。

1934年には、フライシャー・スタジオがセットバック撮影方式（ステレオプティカル・プロセス）を開発しました。これは、平面セルの背後に立体模型を配置して撮影する方法で、奥行きだけでなく背景の立体感もリアルに再現することができました。この技術は、ベティ・ブープシリーズの『ベティのシンデレラ』や、ポパイのカラー中編などに使用され、フライシャー・スタジオの長編映画でもオープニングで使用されました。

ウォルト・ディズニー・カンパニーがアニメ映画『白雪姫』で使用したマルチプレーン・カメラは、ウィリアム・ギャリティによって発明され、1937年前半に完成しました。このカメラは、その高い技術力で評価され、短編アニメーション『風車小屋のシンフォニー』は1937年のアカデミー短編アニメ賞を受賞しました。

ユーリ・ノルシュテインは、ウォルト・ディズニーで使用されたものと類似したマルチプレーン・カメラを現在でも使用しています。

影響

マルチプレーン・カメラによって制作された『白雪姫』は、日本のアニメーション界にも大きな影響を与えました。持永只仁はマルチプレーンを模倣した多層式撮影台を開発し、瀬尾光世の『アリチャン』や『桃太郎の海鷲』などの作品に用いられました。この技術は、日本のアニメーションの発展に大きく貢献し、今日のアニメーション制作においても、その影響を見ることができます。

もう一度検索