マルティン・ニーメラー

マルティン・ニーメラーの生涯

マルティン・ニーメラー（Friedrich Gustav Emil Martin Niemöller, 1892年1月14日 - 1984年3月6日）は、ドイツの神学者、海軍軍人、そして反ナチ運動家として知られています。彼の生涯は、軍人としての経験、牧師としての信仰、そしてナチスへの抵抗という複雑な要素が絡み合っています。ニーメラーは、福音主義神学者であり、古プロイセン合同福音主義教会、ヘッセン＝ナッサウ福音主義教会（ルター派）の牧師を務めました。彼の言葉「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」は、彼の抵抗の精神を象徴するものとして広く知られています。

生い立ちと軍人時代

ニーメラーは、ドイツのノルトライン＝ヴェストファーレン州リップシュタットで生まれました。父親はルター派教会の牧師で、彼自身も後に牧師の道に進むことになります。1910年、エルバーフェルト（現在のヴッパータール）の福音主義ギムナジウムを卒業後、ドイツ帝国海軍の士官を目指し、フレンスブルク・ミュルヴィックの海軍士官学校に入学しました。

第一次世界大戦中、ニーメラーは潜水艦隊に所属し、Uボートの哨戒士官として活躍しました。U73やU39、そしてU151といった潜水艦に乗り組み、地中海や大西洋で数々の作戦に従事しました。特にU151では、数多くの商船を沈め、ダカール港の封鎖作戦にも参加しました。この作戦中、後にノーベル平和賞を受賞するアルベルト・シュヴァイツァーがヨーロッパに向かう船に乗っていましたが、ニーメラーのUボートによって出航が阻止されたという逸話も残っています。

1918年、小型UボートU67の艦長を務めた後、第一次世界大戦終結に伴い、ニーメラーは海軍を退役しました。ヴァイマル共和国海軍には入隊せず、ミュンスター大学で福音主義神学を学び始め、牧師の道を目指すことになりました。

牧師としての活動とナチスへの抵抗

1920年、ニーメラーはエルザ・ブレーマーと結婚し、牧師補としての活動を開始しました。彼は、神学への強い動機を持ち、教会の秩序回復を望んでいました。1920年代には、ルール蜂起の鎮圧にドイツ義勇軍の一員として参加するなど、右派的な活動も行っていました。

1931年、ベルリンのダーレム福音主義教会共同体の牧師に就任しました。しかし、ナチスが台頭すると、ニーメラーは教会内のナチス支持勢力である「ドイツ的キリスト者」と対立し始めました。彼は当初ナチスに投票し、ヒトラー内閣の成立を歓迎していましたが、教会へのアーリア条項導入を巡り、ナチスとの対立を深めていきました。

1933年、ニーメラーは牧師緊急同盟を設立し、告白教会の創立メンバーとなりました。告白教会は、ナチスの教会支配に抵抗する組織であり、ニーメラーはこの運動の中心人物として活躍しました。しかし、ニーメラーは国家主義的な保守派としての側面も持ち合わせており、その複雑な思想は、自伝『Uボートから講壇』に記されています。

1934年、ニーメラーはヒトラーと会談しましたが、ナチスに対する抵抗の姿勢を変えることはありませんでした。彼は告白教会内でラディカルな路線を選び、古プロイセン合同福音主義教会の告白教会評議員会に所属し、教会指導部こそが正当な権威であると主張しました。

強制収容所での生活

1937年7月、ニーメラーは逮捕され、訴訟手続きが開始されました。彼は反国家的な行為によって有罪判決を受けましたが、その拘束は国内外に抗議の波を広げました。しかし、彼は釈放されることなく、ゲシュタポによってザクセンハウゼン強制収容所に連行されました。

ザクセンハウゼンで2年以上に及ぶ単独拘禁を経験し、一時的にローマ・カトリック教会への改宗を考えましたが、最終的には福音主義の信仰を貫きました。開戦後にはヒトラーに最前線での従軍を志願しましたが、拒否されました。その後、ダッハウ強制収容所に移送され、他の聖職者たちと共に収容されました。

強制収容所での経験を通して、ニーメラーは神学的な新たな展開を遂げました。それまで民族への奉仕を強調していましたが、イエス・キリストの十字架刑は全ての民族を対象にした出来事であると理解し、教会が国境、人種、イデオロギー対立の克服に従事すべきだと認識しました。

1945年、ニーメラーは他の特別拘禁者たちと共に、イタリアのニーダードルフに移送され、ドイツ国防軍によって釈放されました。その後、帰国のためハンガーストライキを行い、アメリカ軍の施設に留め置かれた後、ドイツに帰国しました。

戦後の活動と平和主義

戦後、ニーメラーはナチスへの抵抗者として、民主主義、平和主義の象徴と見なされるようになりました。しかし、実際には、彼の思想はより複雑であり、ドイツ・ナショナリズムの側面も持ち合わせていました。彼は、ドイツがロシアの支配下に入ることを防ぐために、アメリカの軍事的関与を支持し、宗派学校の再導入を主張するなど、保守的な側面も持っていました。

ニーメラーは、占領国による越権行為やモーゲンソー・プランを批判し、ニュルンベルク裁判のあり方にも疑問を呈しました。彼は、絨毯爆撃やドイツ人追放など、戦勝国による行為も批判しました。

1947年、ニーメラーはヘッセン＝ナッサウ福音主義教会の教会議長に選出され、教会の再建に尽力しました。彼は、州教会制度の改革を主張し、地域共同体の重要性を訴えました。1948年から1975年まで世界教会協議会 (WCC) の総会に出席し、1961年から1968年までWCCの議長団の一員を務めました。

1950年代以降、ニーメラーは平和主義運動に積極的に参加し、核兵器反対運動の重要なメンバーとなりました。彼は、軍務に就くことはキリスト教信仰と両立しないと考え、世界各地を講演旅行で訪れました。また、ソ連やベトナムを訪問し、共産主義者との対話も行いました。1958年には国際兵役反対連盟の会長に、1974年にはドイツ平和協会の会長に就任しました。

1960年代以降、ニーメラーはキリスト教とユダヤ教の和解の必要性を訴え、ドイツとイスラエルの国交樹立にも尽力しました。また、議会外反対勢力 (APO) を支持し、社会主義勢力に対しても批判的な姿勢を示しました。

晩年と遺産

晩年、ニーメラーは西ドイツの政治全体を激しく批判し、教会活動からも距離を置くようになりました。1971年に再婚し、ヴィースバーデンで亡くなるまで共に生活しました。彼の家は現在、ヘッセン州の3つの福音主義州教会によって管理されています。

ニーメラーは、数多くの賞を受賞し、ドイツ各地に彼を記念した施設や道路が作られました。彼の生涯は、複雑な時代における人間の選択と責任について、深く考えさせるものであり、今日においても多くの人々に影響を与え続けています。

ニーメラーの言葉「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」は、社会正義、人権、そして平和を求める人々の心を捉え、現代においても重要な意味を持ち続けています。

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