ミサ曲第5番 (シューベルト)

シューベルト：ミサ曲第5番 変イ長調 D678



フランツ・シューベルトが1822年に完成させた「ミサ曲第5番 変イ長調 作品番号なし D678」は、カトリック典礼における重要な部分を音楽化したミサ曲であり、特に大規模な「ミサ・ソレムニス」として分類されます。この作品はシューベルトの後期の様式を代表する重要な合唱作品と見なされていますが、作曲者自身の生前に公開の場で演奏されることはありませんでした。

作曲背景と歴史



本作の作曲は1819年11月に開始され、完成までに約3年の歳月を要しました。この間、シューベルトは他の様々な音楽制作にも従事しており、中でも兄フェルディナントから依頼されたミサ曲（D755）なども同時に手がけていました。完成後、1823年には演奏の具体的な計画が進められた形跡がありますが、残念ながらシューベルトが存命中にその演奏が実現したという記録は見つかっていません。

1826年、シューベルトはこのミサ曲に改訂を加えました。特に「グローリア」終結部のフーガを簡素化し、「サンクトゥス」内の「オザンナ」に変更を施しています。翌1827年には、改訂版を用いてホーフブルク宮殿の礼拝所における副カペルマイスター職の採用オーディションに挑みましたが、その試みは成功しませんでした。シューベルトはこの作品の宮廷での演奏を強く望んでいましたが、当時の宮廷楽長ヨーゼフ・アイブラーは、皇帝フランツ1世が好む音楽様式とは異なるとする理由でこれを退けました。この却下については、アイブラーが特定の作曲家を優遇する意図や、演奏に伴うシューベルトへの謝金支払いを避けるための口実であった可能性も指摘されています。

音楽的特徴と評価



このミサ曲第5番と、それに続く第6番は、シューベルトの「後期ミサ曲」と位置づけられています。これら2作品は、カトリック典礼文の「語句を音楽によって深く解釈しようとする姿勢」において、初期の4作品とは明確な違いを示しています。シューベルトは、この時期までに培われた円熟した作曲技術と和声に関する深い知識を駆使し、宗教音楽と世俗音楽の両分野での豊かな経験を融合させることで、従来の典礼文に新たな意味合いと表現力を付加することに成功しました。初期作品でも典礼文の一部を省略することは知られていましたが、後期ミサ曲ではさらに踏み込んだ自由なテクストの扱いが見られます。これは、特定の意味合いを強調したり、表現を深めたりする目的で、テクストを加筆または削除する試みでした。

シューベルト研究者のブライアン・ニューボールドは、この後期ミサ曲2作品を「シューベルトの合唱作品の中でも特に優れており、堅固な構成を持つ2作」と高く評価しています。また、シューベルト自身もこの変イ長調のミサ曲を非常に重視していたことがうかがえます。それは、作曲に長期間携わり、完成後も度々見直して改訂を加えている事実からも明らかです。1822年12月に友人ヨーゼフ・フォン・シュパウンに送った手紙の中で、シューベルトはこのミサ曲が「上手くできた」と感じており、皇帝フランツ1世または皇后カロリーネへの献呈を検討していると記しています。

関連作品と影響



このミサ曲は、未完に終わったオラトリオ『ラザロ』（D689）と並んで、シューベルトの抱いていた生と死に対する深い思索が反映された作品であると考えられています。また、この後期ミサ曲の様式は、後世の作曲家、例えばアントン・ブルックナーのミサ曲第3番などに影響を与えた可能性も指摘されています。

編成



本作品は以下の編成で演奏されます。


楽曲構成



全6曲で構成されており、標準的な演奏時間は約46分です（以下は1822年版に基づく）。

1. キリエ：アンダンテ・コン・モート、変イ長調、2/2拍子
2. グローリア：アレグロ・マエストーソ・エ・ヴィヴァーチェ、ホ長調、3/4拍子。Gratias agimus tibi（アンダンティーノ、イ長長調、2/4拍子）、Domine Deus, Rex coelestis（イ長調）、Gratias agimus tibi（アンダンティーノ、イ長調、2/4拍子）、Domine Deus, Agnus Dei（アレグロ・モデラート、ホ長調、2/2拍子）を含む。
3. クレド：アレグロ・マエストーソ・エ・ヴィヴァーチェ、ハ長調、2/2拍子。Et incarnatus est（グラーヴェ、変イ長調、3/2拍子）、Et resurrexit（アレグロ・マエストーソ・エ・ヴィヴァーチェ、ハ長調、2/2拍子）を含む。
4. サンクトゥス：アンダンテ、ヘ長調、12/8拍子。オーケストラによるヘ長調の短い前奏に続いて合唱が嬰ヘ短調で加わる部分は、効果的な対比を生み出しています。Osanna in excelsis（アレグロ、ヘ長調、6/8拍子）を含む。
5. ベネディクトゥス：アンダンテ・コン・モート、変イ長調、4/4拍子。Osanna in excelsis（アレグロ、ヘ長調、6/8拍子）が再登場。
6. アニュス・デイ：アダージョ、変イ長調、3/4拍子。Dona nobis pacem（アレグレット、変イ長調、2/2拍子）で締めくくられます。

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