ミストラス

ミストラス：中世ビザンツ文化の輝きと影

ミストラス(Μυστράς)は、ギリシャ南部ペロポネソス半島東部に位置する中世の城塞都市遺跡です。かつては東ローマ帝国の地方行政組織、モレアス専制公領の中心地として繁栄し、数々の歴史的建造物を残すことから、ユネスコの世界遺産にも登録されています。

名前と起源

ミストラスという名前は、17世紀以降に定着したものです。元々は「ミジスラス」と呼ばれ、ギリシャ語で「チーズ製造酪農家」を意味していました。十字軍が到来した際、西欧人がギリシャ語の対格形を主格と誤解し、「ミシスラ」と呼び、それが転訛して現在の名称になったと考えられています。西欧文献やそれを参考にしている日本語文献では、「ミストラ」と表記されることも多いです。

古代スパルタとの繋がりと建設

ミストラスの歴史は、近隣の古代都市スパルタと密接に関連しています。古代スパルタは西ゴート族の攻撃やスラヴ人の侵入により衰退し、一時的に放棄された後、10世紀に東ローマ帝国の支配が回復すると、再び主教座都市ラケデモンとして再建されました。しかし、第4回十字軍によるラテン帝国成立後、ペロポニソス半島（モレアス）はアカイア公国に属することとなります。

アカイア公国のギヨーム2世は、1249年、タイゲトス山脈に拠るスラヴ人メリング族を監視するため、ミストラスに城を築きました。当初は前哨基地でしたが、ギヨーム2世は城を気に入って多くの時間を過ごし、居館を建設しました。しかし、ニケア帝国との戦争で敗れ、ミストラスを含む領土を東ローマ帝国に割譲せざるを得ませんでした。

モレアス専制公領と文化の開花

14世紀半ば、東ローマ帝国のヨアニス6世は、ペロポネソス半島に次男マヌイルを専制公として派遣し、モレアス専制公領が成立しました。マヌイルはミストラスを拠点とし、城壁や宮殿を建設し、都市の発展に尽力しました。コンスタンティノポリスやセサロニキからの文化人の流入もあり、人文主義や写実的な作風が特徴的な「パレオロゴス朝ルネサンス」と呼ばれる文化が花開きました。哲学者ゲオルギオス・ゲミストス・プリソンもミストラスで活躍しました。

その後もミストラスはモレアス専制公領の中心地として繁栄を続け、アカイア公国を併合するなど勢力を拡大しましたが、オスマン帝国の台頭によりその歴史は終わります。1460年、最後の専制公ディミトリオス・パレオロゴスはオスマン帝国のスルタン・メフメト2世に降伏し、モレアス専制公領は滅亡しました。

オスマン時代と衰退

オスマン帝国支配下でも、ミストラスはモラ県の行政府として機能し続けました。キリスト教の聖堂や修道院の多くはモスクに改築されましたが、新たなモスクの建設は見られず、既存の建造物が大切に扱われたことが分かります。絹織物産業も発展し、経済的にも繁栄しました。しかし、18世紀後半からのギリシャ独立戦争、そしてオスマン帝国の報復攻撃により、ミストラスは破壊され、人口も激減しました。1825年には、イブラーヒーム・パシャ率いるエジプト軍によって灰燼に帰し、都市機能は事実上終焉を迎えました。

近代以降

ギリシャ独立後、1834年には「死滅都市」宣言が出され、住民は新たなスパルタ市に移住しました。1921年に史跡指定、1989年にはユネスコ世界遺産に登録され、現在では博物館として保存されています。ミストラスに残る建造物は、アギオス・ディミトリオス聖堂、オディギトリア聖堂、パンダナサ修道院聖堂、専制公宮殿など、数多くの教会、修道院、宮殿などが挙げられます。これらの建造物は、ビザンティン建築の優れた例として高く評価されています。

ミストラスは、ビザンティン帝国の盛衰、そしてギリシャの歴史を凝縮した、貴重な文化的遺産です。

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