ミスル

ミスル：イスラム初期の軍営都市

ミスル（مصر Miṣr）とは、7世紀以降のアラブ人ムスリムによる征服活動の拡大に伴い、各地に建設された軍営都市を指します。これらの都市は、征服地の支配拠点、そして更なる遠征のための基地として重要な役割を果たしました。

ミスルの起源と発展

イスラム初期、征服地を効果的に支配するためにミスルが建設されました。当初はアラブ人のみが居住を許された都市でしたが、時代を経るにつれてマワーリー（非アラブ人の改宗者）も住み着くようになり、その性格は徐々に変化していきました。軍事都市としての機能に加え、商業や文化の中心地としての側面を強め、経済都市へと発展していったのです。

既存の都市を征服し、その一部を軍事拠点とする場合もミスルと呼ばれました。例えば、ダマスクスは、征服後に特定の地区から非アラブ人住民を排除し、アラブ軍の駐屯地としたことでミスルと見なされました。

代表的なミスル

以下に、代表的なミスルの例を挙げます。

イラク
バスラ：初期の重要なミスルのひとつ。交易拠点としても発展しました。
クーファ：ウマイヤ朝時代には政治の中心地となりました。
エジプト
フスタート：エジプトにおける最初のイスラム都市。後にカイロへと発展しました。
カイロ：フスタートの後を継ぎ、エジプトの首都として繁栄しました。カイロは長らくミスル（マスル）と呼ばれていました。ヘリオポリスは「新しいマスル」（Masr el-Gedīda ; مصر الجديدة）と呼ばれています。ファーティマ朝時代には、ミスルとカイロは別の町であり、カイロはミスルの南に位置していました。アイユーブ朝のサラディンの時代にミスルとカイロは城壁で統合される試みがありましたが、失敗に終わったとされています。ファーティマ朝時代のミスルはフスタートを指していました。フスタートのあった地域は、現在ではカイロ市街の一区域となっています。
シリア
ダマスクス：ウマイヤ朝の首都として繁栄しました。
チュニジア
カイラワーン：北アフリカにおけるイスラム文化の中心地となりました。

エジプトのアラビア語名「ミスル」との関係

興味深いことに、エジプトのアラビア語名もミスル（مصر）であり、方言ではマスル（Masr）と呼ばれます。ただし、この名称は本稿で解説した軍営都市「ミスル」が由来ではなく、古代からセム語でエジプトの地を指す名称として存在していました。セム語の一派であるヘブライ語では、双数形のミスライム（מצרים, ミツライム）となります。

ミスルの遺産

ミスルは、イスラム世界の拡大と文化交流において重要な役割を果たしました。これらの都市は、単なる軍事拠点にとどまらず、学術、文化、商業の中心地として発展し、イスラム文明の隆盛に大きく貢献したのです。現在でも、これらの都市の多くは歴史的な遺産を色濃く残し、訪れる人々に往時の繁栄を伝えています。

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