ミダース

概要

古代ギリシア語ではΜίδαςと呼ばれるミダースは、小アジア西部に栄えたプリュギア王国の伝説的な王です。彼は、触れたもの全てを黄金に変えるという、いわゆる「ミダス・タッチ」の力を持つ王として、そして童話『王様の耳はロバの耳』に登場する王のモデルとして最も広く知られています。彼の生涯や事績は、神話と歴史的伝承が複雑に intertwined しており、その実像には多くの謎が残されています。

神話上のミダース王

神話によれば、ミダースはプリュギアの都市ペシヌスを治めた王であり、幼い頃に、後に夫となるゴルディアースと共に女神キュベレーの養子になったと伝えられます。彼は快楽を追求する性質を持ち、特にバラの栽培に長けていたといわれます。家族については、残忍な息子リテュエルセースがいたとする伝承と、「生命」を意味するゾエという娘がいたとする伝承の両方が存在します。

ミダースの物語で最も有名なエピソードの一つは、彼の黄金の力に関するものです。ある時、酒神ディオニューソスの教師であり養父でもあるシーレーノスが酔っぱらって行方不明になりました。シーレーノスはミダースの領内で見つかり、ミダースは彼を手厚くもてなしました。十昼夜にわたり歓待を受けたシーレーノスをディオニューソスのもとへ送り返したミダースに対し、ディオニューソスは褒美として一つ願い事を叶えると言いました。ミダースは即座に、触れるもの全てが黄金に変わる力を求めました。願いが叶ったミダースは初め大喜びし、木や石を触ってその力を試しました。家に帰ると豪華な食事を用意させますが、食べ物も飲み物も全て黄金に変わってしまい、飢えと渇きに苦しむことになります。ナサニエル・ホーソーンの語るバージョンでは、愛する娘（マリーゴールドという名とされる）に触れた際、彼女までもが黄金の像になってしまい、ミダースは自らの願いがもたらした破滅を悟り、深く後悔します。彼はディオニューソスに、この恐ろしい力から解放されるよう懇願しました。哀れに思ったディオニューソスは、ミダースにパクトーロス川で身を清めるよう命じます。ミダースがその通りに川に触れると、黄金に変える力は川に移り、川の砂が黄金に変わったと伝えられます。この神話は、パクトーロス川に砂金が豊富に存在することの由来として語り継がれました。また、ミダースは金だけでなく、黒鉛や白鉛も最初に発見した王であるという伝承もあります。

黄金の力を捨てたミダースは、富と贅沢を嫌うようになり、田舎に移り住んで牧神パーンを崇拝するようになりました。ローマの伝承では、音楽の師はオルペウスだったともいわれます。別の有名なエピソードは、彼の「ロバの耳」に関するものです。ある時、パーンはアポローンに対し音楽の腕前を競う試合を挑みました。山の神トモーロスが審判を務めます。パーンが葦笛を吹くと、その素朴な調べは彼自身と、そこに居合わせた熱心な支持者ミダースを大いに満足させました。次にアポローンが竪琴を奏でると、その音楽は圧倒的な美しさで、トモーロスは迷わずアポローンに勝利を与えました。他の者たちは皆この判定に同意しましたが、ミダースだけは不満を表明し、判定の公平さに異議を唱えました。これに怒ったアポローンは、「そのような鈍い耳にはふさわしい姿に変えてやろう」と、ミダースの耳をロバの耳に変えてしまいました。王は深い悲しみに暮れ、大きなターバンで耳を隠そうとしました。しかし、彼の秘密を知った理髪師は、誰にも話さないよう固く命じられていましたが、その秘密に耐えきれず、草原に穴を掘って「王様の耳はロバの耳！」と囁き、穴を埋めました。すると、そこから生えた葦が風に揺れるたびに、その秘密を囁き始めたと伝えられています。この話が広まり、ミダースは激怒して理髪師を罰しようとしますが、最終的には思いとどまります。ミダースが改心した様子を見たアポローンは、彼に元の人間の耳を与え直しました。

歴史的・考古学的側面

神話上のミダース王は、歴史上の人物とも関連付けられています。紀元前8世紀後期のプリュギアには、実際に「ミダース」という名を持つ複数の王が存在したとされています。特に、紀元前709年頃のアッシリア王サルゴン2世の記録に見られるムシュキの王ミタは、この神話上のミダース王と同一人物である可能性が高いと考えられています。

考古学的には、トルコにある古代ゴルディオンの遺跡内の巨大な墳墓（高さ53m、直径約300m）が、かつて「ミダース王の墓」として広く知られていました。1957年にペンシルベニア大学の考古学者によって発掘されたこの墓は、紀元前8世紀初期の王族の墓であり、副葬品として鉄器時代の優れた飲み物容器などが多数発見されました。しかし、その後の詳細な調査により、この墓が紀元前7世紀初頭のキンメリア人の侵攻以降に築かれたものではないことが明らかになりました。そのため、現在では、ミダース王より前の時代の王の墓であるとする説が有力視されています。

また、プリュギアのミダス・シェヒルにある、完全には解読されていない碑文に刻まれた「ミダ」という言葉に基づいて、19世紀には別の場所が「ミダース王の墓」とされていましたが、こちらも現在の研究では墓ではなく、女神キュベレーに捧げられた神殿であると解釈されています。

補足

ミダースの「ロバの耳」に関する神話について、研究者サラ・モリスは、青銅器時代のヒッタイト王族の象徴にロバの耳が描かれた印章が存在することとの関連性を指摘しており、この神話が異国の象徴をギリシア世界に説明するために生まれた可能性を示唆しています。

ミダース王の物語は、様々なバリエーションで語り継がれています。例えば、ジェフリー・チョーサーの作品をジョン・ドライデンが翻案した物語では、秘密を漏らしたのが理髪師ではなくミダース王の妻であるとされています。

このように、ミダース王は黄金の力やロバの耳といった印象的なエピソードを通して神話の中で語られる一方、歴史的な背景や考古学的な発見とも結びつけられる、古代世界の intriguing な人物像と言えるでしょう。

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