ムツアズマギク

ムツアズマギク

ムツアズマギク（学名：Erigeron mutsuensis）は、キク科ムカシヨモギ属に分類される多年生の植物です。長い間、近縁種であるアズマギク（Erigeron thunbergia）の亜種や変種と位置づけられていましたが、近年の詳細な研究により独立した種として認められることになりました。

分類と発見の経緯

本種は、かつてミヤマアズマギク（Erigeron thunbergia subsp. glabratus または var. glabratus）として知られていました。このミヤマアズマギクの分類学的再検討は、植物研究者の門田裕一氏によって進められました。

門田氏が、ミヤマアズマギクの基準標本（タイプ標本）をアメリカ・ハーバード大学の標本館で調査した際、その標本が一般的な「ミヤマアズマギク」とは異なる特徴を持つことに気づきました。このタイプ標本は、採取地が日本の「Cape Siriki-saki」と記録されており、これは青森県下北半島の尻屋崎であることが、先行研究（北村四郎氏、1935年）で既に明らかになっていました。

そこで門田氏は、2019年に尻屋崎で現地調査を実施し、ハーバード大学所蔵のタイプ標本と同一の分類群と考えられる植物を発見しました。この尻屋崎で見つかった植物は、アズマギクや、従来ミヤマアズマギクと呼ばれてきた植物群と比較して、茎の毛の生え方、舌状花の長さ、冠毛の色や長さなどに明確な違いがあることが判明しました。これらの形態的な相違に基づき、この植物はアズマギクの下位分類群ではなく、独立した種として扱うべきであると結論づけられました。

この研究成果は2022年に発表され、ミヤマアズマギクとして扱われていた一部の集団が、亜種や変種から種へと「階級移動」され、新たにムツアズマギクという和名とErigeron mutsuensisという学名が提唱されました。これにより、日本のムカシヨモギ属植物の分類が見直されることとなりました。

形態的特徴

ムツアズマギクは、一般的に草丈10～30cmほどに成長します。茎の基部は直径2～5mmになり、数本の花茎を直立させます。根茎は長さ2～4cm、直径5～10mmで、単独で伸びるか分岐することがあります。花茎には、約1mmの長い白色の屈曲毛、0.2～0.3mmの短い黄白色の毛、そして同程度の長さの短い腺毛が密に生えており、これらの毛が混生しない場合もあります。茎の上部は鈍角に斜上しながら2～5回分枝し、茎と同様に軟毛に覆われます。

根出葉は開花期にも根元にロゼット状に残ります。葉柄は長さ2～4cmで広い翼を持ち、葉身はへら形から幅広いへら形で、長さ2～4cm、幅12～22mmほどです。通常3本の葉脈があり、縁は全縁か、1～2個の小さな突起状の鋸歯が見られます。先端は微突形を呈し、葉の両面には毛がありません。茎の中央部につく葉は葉柄があり、葉身はへら形から線状倒披針形で、長さ4～6cm、幅0.7～2cmです。軟毛に覆われ、長い白色の屈曲毛や黄色の短い毛が混じりますが、裏面は無毛です。縁は滑らかで、基部はくさび形から円形、先端は微突頭となります。茎の上部につく葉は無柄で、卵形から披針形、長さ2.5～4cm、幅4～16mmと次第に小さくなり、最上部の葉は線形から卵形で長さ0.6～2cmになります。

開花時期は5月から6月にかけてです。頭花は通常2～5個がまばらに散房状につき、直径は3.5～4.5cmほどになります。花柄は長さ2～5cmで、茎や枝と同様の軟毛が生えています。頭花を包む総苞は半球形で、長さ8～12mm、直径18～22mmです。総苞片は3～4列に並び、どれも長さ6～9mmの長楕円形で、ほぼ同じ長さです。総苞片にも軟毛が生え、白色の長い毛と黄色の短い毛が混ざっています。

舌状花は3列に並び、長さ16～19mm、幅は約1mmです。基部の筒状部は長さ3～4mmで、淡い紫色を帯び、ほとんど毛が生えていません。頭花の中央部にある筒状花は黄色で長さ4.5mm、花冠の裂片は卵形で長さ約0.5mmです。

果実である痩果は長さ約2mmの長楕円形で扁平、わら色をしており、伏した絹毛が生えています。痩果の先端につく冠毛は汚白色から淡い赤みを帯びた褐色で、2列あります。外側の鱗片は長さ約0.2mmと非常に短く、内側の冠毛は長さ3～3.5mmと比較的に長くなっています。染色体数は2n=18です。

分布と名前の由来

ムツアズマギクのタイプ標本は青森県下北半島の尻屋崎で採集されました。このことから、現在のところ尻屋崎が主要な分布地の一つと考えられます。

和名の「ムツアズマギク」は、発見地のひとつであり、タイプ標本の採集地でもある下北半島がかつての令制国である陸奥国の一部であったことに由来し、「陸奥に咲くアズマギク」という意味が込められています。学名の種小名「mutsuensis」も、同様に「陸奥産の」という意味を持ちます。

ミヤマアズマギクの再分類

なお、かつてムツアズマギクを含んでいた広義のミヤマアズマギクは、門田氏の研究により分類が見直されました。アズマギクとは異なる種として認識されたミヤマアズマギクには、牧野富太郎氏が岩手県早池峰山で採集した標本が基準（レクトタイプ）として指定され、Erigeron alpicola Makinoという学名が正名となりました。さらに、アポイアズマギク、ユウバリアズマギク、ジョウシュウアズマギク、キリギシアズマギク、シコタンアズマギクなどがこのミヤマアズマギク（E. alpicola）の変種として整理され、北海道占冠村産のケイリュウアズマギクが新たな変種として記載されています。

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