メアリー王妃のドールハウス

メアリー王妃のドールハウスは、1920年代初頭に制作が開始され、1924年に完成した壮大なドールハウスです。当時のイギリス国王ジョージ5世の王妃、メアリー・オブ・テックに贈呈されました。このドールハウスは、単なる子供のおもちゃではなく、当時のイギリスの文化、芸術、そして技術の粋を集めた、歴史的価値のある美術工芸品です。

制作の経緯

ドールハウスの制作は、メアリー王妃のいとこであるメアリー・ルイーズ王女の発案がきっかけでした。1921年のロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの展覧会で、当時著名な建築家であったエドウィン・ラッチェンス卿にこの構想を持ちかけたところ、卿は快く引き受け、建設準備が始まりました。王女は芸術界に広範な人脈を持っており、当時の最高の芸術家や職人を集め、ドールハウス制作に携わらせました。

その結果、ドールハウスには、実際に機能するミニチュアの道具類が数多く含まれることになりました。例えば、図書室にあるショットガンは弾倉を取り外して弾丸を装填することができ、リネン室にはモノグラム刺繍入りの本物のリネンが用意されています。電気で動くエレベーターや、デイムラー、ロールス・ロイスなどの実際に走らせることができるミニカーが複数台収められたガレージも完備されています。さらに、建物内には給水管が通っており、実際に水を流すことも可能です。ミニチュアカーペット作家ドロシー・ロジャーズのカーペットも敷かれており、当時の最新技術と芸術性を兼ね備えた、驚くべきコレクションとなっています。

このドールハウスは、国民からメアリー王妃への贈り物として制作され、当時の英国王室の生活様式を示す貴重な歴史資料となりました。完成後には、観覧料を王妃のチャリティー資金に充てる形で一般公開され、大英帝国博覧会では160万人以上が訪れるほどの人気を博しました。現在ではウィンザー城で展示されており、多くの人々がその精巧な造りに魅了されています。

収蔵品とその制作背景

ドールハウスは1/12スケールで制作され、高さ91cmを超える建物の中に、当時の著名な芸術家たちの作品が数多く収められています。内部の装飾や収蔵品は非常に細かく、そのほとんどがウィンザー城にある物品の精巧なレプリカです。装飾品の中には、協力者自身が制作したものもあれば、専門の模型製作者が作ったものもあります。カーペット、カーテン、家具は全て本物を忠実に再現したもので、照明も実際に点灯させることが可能です。トイレには実際の配管が施されており、水を流すことができ、ミニチュアのトイレットペーパーも備え付けられています。

特に注目すべきは、図書室に収められた書籍です。当時の170名もの英国作家がドールハウスのために作品を寄稿し、それらは豆本として製本されました。アーサー・コナン・ドイルは短編『ワトスンの推理法修業』を、M・R・ジェイムズは『幽霊のよく出るドールハウス』、A・A・ミルンは『夕べの祈り』を寄稿しています。その他にも、ジョゼフ・コンラッド、ジョン・ゴールズワージー、G・K・チェスタトン、J・M・バリー、トーマス・ハーディ、ラドヤード・キップリング、サマセット・モームなどの著名作家が名を連ねています。これらの作品は、1924年にE・V・ルーカスによって編纂され、『王妃のドールハウスの図書室の本』として出版されました。一方で、ジョージ・バーナード・ショーは王女の依頼を拒否しています。また、グスターヴ・ホルスト、ジョン・アイアランド、フレデリック・ディーリアスなどの作曲家による50の未発表の楽譜も、女王のモノグラムが施された革紐で綴じられ、保管されています。

画家たちも、ミニチュアの絵画を提供し、その数は750点に及びます。ウィルフレッド・デ・グレーンは王のワードローブの天井画を、ウィリアム・ニコルソンは大階段の壁にアダムとイブの楽園追放の絵を描きました。ワインセラーには本物のワインやスピリッツが詰められ、自動車の車輪にもスポークが正しく取り付けられています。これらの制作費は、ドロシー・ロジャーズのような一流の模型製作者への関心を高めるきっかけとなりました。高画質の写真を見ても、それらがミニチュアの家具コレクションであるとは見分けがつかないほど精巧です。

ドールハウスには、普段は見えない隠された庭園も存在します。これは、建物下部の大きな引き出しを開けると現れるもので、庭園家ガートルード・ジーキルの設計によるものです。庭にはレプリカの木々や庭仕事道具が配置され、当時の英国の伝統的な庭園様式を再現しています。

このドールハウスは、単なるミニチュアの家ではなく、芸術、文化、技術が融合した、歴史的に貴重な作品と言えるでしょう。

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