メソスティグマ藻綱

メソスティグマ藻綱 (Mesostigmatophyceae)

メソスティグマ藻綱（メソスティグマそうこう）は、広義の緑藻類に含まれる植物群の一つで、陸上植物の祖先を含むストレプト植物と呼ばれる系統の基部に位置すると考えられています。この綱に属する生物は単細胞性で鞭毛を持ち、淡水環境のプランクトンとして生活しています。細胞表面を覆う特徴的な有機質鱗片や、回転対称の鞭毛装置といったユニークな形質を備えています。

形態と細胞構造

メソスティグマ藻綱の代表であり、現在確認されている唯１属であるメソスティグマ属（Mesostigma）は、平たく座布団のような形をした単細胞生物です。細胞の中央にはくぼみがあり、そこから長さが等しい2本の鞭毛が伸びています。この2本の鞭毛が同期して動くことで、細胞は水中をひらひらと、あるいは回転しながら遊泳します。

鞭毛の基部に存在する「鞭毛装置」は、その特徴的な構造で知られています。多くのストレプト植物の鞭毛装置が非対称な配置を示すのに対し、メソスティグマ属では回転に対して対称的な交叉型という独特の構造を持っています。4本の微小管性鞭毛根のうち2本には、多層構造体（MLS）と呼ばれる特殊な構造が付随しています。2つの基底小体（鞭毛の根元）はほぼ平行に並び、やや反時計回りにずれた配置をとります。

細胞は硬い細胞壁を持たず、代わりに多層構造を持つ有機質の鱗片によって覆われています。最も内側には正方形に近い鱗片が、その外側には楕円形の鱗片が層をなし、さらに最も外側を大型のかご状の鱗片が覆っています。このかご状鱗片は比較的大きく、光学顕微鏡でも容易に観察できます。鞭毛自体もまた鱗片で覆われていますが、細胞本体とは異なり、ダイヤモンド形をした方形鱗片のみで覆われており、他の多くのプラシノ藻に見られるような毛状鱗片は持っていません。

細胞内には、通常1個の葉緑体があり、その中にデンプン合成に関わる2つのピレノイドが含まれています。また、デンプン粒に囲まれていない、表面に近い位置にピレノイドに似た構造（表在性ピレノイド様構造）も確認されています。細胞が持つ光合成色素であるカロテノイドの組成も特徴的です。ルテイン、アンテラキサンチン、ビオラキサンチンといった一般的な色素に加え、シフォナキサンチンとその派生色素、さらにはリコペンやγ-カロテン、β-カロテンなどが含まれています。特にシフォナキサンチンは、青緑色の光をよく吸収する色素であり、これによりメソスティグマ藻は比較的深い水深でも効率的に光を利用できると考えられています。この色素は一部のプラシノ藻やアオサ藻にも見られることから、緑色植物の進化における原始的な形質である可能性が指摘されています。

細胞の中央背面には、目立つ赤い眼点があります。この眼点は2層または3層の色素顆粒から構成されており、細胞の名前である「メソスティグマ」（ギリシャ語で「中央の眼」の意）の由来となっています。細胞の核は左側に偏って位置し、鞭毛の基部付近にはペルオキシソームが存在します。

生殖と生態

メソスティグマ藻は、細胞が二つに分裂する無性生殖によって増殖することが知られています。現在のところ、有性生殖の存在は確認されていません。

生態的には、淡水域、特に湖沼のプランクトンとして生活しています。日本の多くの湖沼でも比較的普通に見られる種類です。自然環境下では、メソスティグマ藻に感染するウイルスや、共生関係にある細菌の存在も報告されています。

系統と分類の歴史

メソスティグマ藻が持つ、単細胞で鞭毛を持ち、細胞表面が有機質鱗片で覆われているといった特徴は、かつて「プラシノ藻」と総称されていた緑藻類のグループと共通しています。そのため、以前はプラシノ藻綱の一部として分類されていました。しかし、これらの特徴は緑色植物全体の初期グループに見られる原始的な形質であると考えられており、「プラシノ藻」は単一の系統群ではないことが明らかになっています。鱗片の構造や等しい長さの鞭毛を持つことから、プラシノ藻の中でも特にピラミモナス類と近い関係にあると推測された時期もありました。

しかし、20世紀末以降の分子系統解析、特にDNA配列に基づいた研究が進むにつれて、メソスティグマ藻が他のプラシノ藻とは異なり、陸上植物へと繋がるストレプト植物の系統において、非常に初期に分岐したグループであることが強く示唆されるようになりました。同時に、いくつかの生化学的な特徴も、メソスティグマ藻がストレプト植物に属するという証拠を提供しました。ただし、オルガネラDNAを用いた一部の解析では、緑色植物全体の系統樹の最も根元で分岐した（つまり、ストレプト植物と緑藻植物が分かれるよりも古い時代に分岐した）可能性も示唆されることがあります。

メソスティグマ藻は、ストレプト植物の中で唯一、栄養体の段階で鞭毛や眼点といった、多くの緑藻に見られる原始的な特徴を残しています。このことは、ストレプト植物が進化する過程で、メソスティグマ藻が最初期に分かれたグループであることを強く示唆する形質です。多くの分子系統解析の結果もこの位置づけを支持していますが、特に核DNAを用いた研究では、クロロキブス藻綱に属するクロロキブス属（Chlorokybus）とメソスティグマ属が姉妹群（最も近縁な関係）であると示されることが多い傾向にあります（2019年時点）。

こうした研究結果を受けて、メソスティグマ藻は現在では独立した「メソスティグマ藻綱」（Mesostigmatophyceae）として分類されています。さらに、独立した「メソスティグマ植物門」（Mesostigmatophyta）として扱う分類体系もあります。現時点（2019年時点の情報を基に）で、この綱には唯１属、メソスティグマ属（Mesostigma）のみが知られています。メソスティグマ属にはいくつかの種が記載されていますが、形態観察や分子情報に基づいて確実に認識されているのは、タイプ種であるMesostigma virideのみと考えられています。上述のように、分子系統解析の結果によってはクロロキブス属をメソスティグマ藻綱に含める分類体系も提案されています。

結び

メソスティグマ藻綱は、その独特な形態的特徴と分子系統解析から示される系統的位置から、緑色植物、特にストレプト植物がどのように進化し、陸上植物が誕生したのかを知る上で、極めて重要な鍵を握る生物であると言えます。今後の研究によって、その生態や遺伝情報がさらに詳しく解明されることが期待されます。

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