メランコリア I

「メランコリア I」（Melencolia I）は、アルブレヒト・デューラーが1514年に制作した銅版画であり、彼の代表作の一つとして知られています。この作品は、「書斎の聖ヒエロニムス」「騎士と死と悪魔」と並び、デューラーの三大銅版画と称されています。

「メランコリア I」は、古代ギリシアの医学理論である四体液説に基づき、人間の四つの気質の一つである「憂鬱」を擬人化したものです。画面中央には、憂鬱に沈み込むように頭を抱える天使が描かれています。天使の周囲には、さまざまな象徴的なオブジェが散りばめられており、それぞれが異なる意味合いを持っています。

例えば、魔方陣は、画面の左上に配置されており、その中には、縦、横、斜めのどの列の数字を足しても34になるという数学的な規則性を持つ数字が配置されています。この魔方陣には、デューラーがこの作品を制作した年である1514という数字が隠されています。他にも、砂時計、天秤、菱面体などのオブジェは、錬金術、幾何学、数秘術などと関連づけられ、作品に深みを与えています。

また、画面には、痩せた犬が寝そべっていたり、タブレットに何かを描くプットも描かれています。床には、グローハンマー、鋸、鉋、はしごなどの木工道具が散乱しています。空には虹や彗星、あるいは惑星のような天体が描かれており、さらに翼に作品タイトルを記したコウモリのような生物が飛んでいます。これらの要素は、作品の寓意性をさらに豊かにし、多様な解釈を可能にしています。

「メランコリア I」は、その複雑な図像と象徴的な意味合いから、多くの研究者や美術愛好家によってさまざまな解釈が試みられてきました。この作品は、デューラーの卓越した技術と知性が融合した、ルネサンス美術の傑作の一つと言えるでしょう。

この作品は後世の芸術家にも影響を与え、ルーカス・クラナッハの「メランコリー」（1532年）、ヨースト・アマンの「メランコリー」（1589年）、ヤン・ウィーリクスの「模写」（1602年）、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの「蜘蛛の巣を持つ女」（1803年）、「自画像」（1840年頃）などが、その影響を受けた作品として挙げられます。

デューラーが影響を受けた思想家としては、ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパが挙げられます。また、「メランコリア I」は、神秘主義、神秘学、ギリシア哲学といった思想的な背景を持っており、デューラーの研究者としては、ヨアヒム・カメラリウス、キャンベル・ドッジソン、ハインリヒ・ヴェルフリン、エルヴィン・パノフスキーなどが知られています。関連書籍としては、『アルブレヒト・デューラーの芸術』（永井繁樹・青山愛香訳、中央公論美術出版、2008年）や『アルブレヒト・デューラー　生涯と芸術』（ 中森義宗・清水忠訳、日貿出版社、1984年）などがあります。

「メランコリア I」は、その複雑な構成と象徴的な要素によって、見る者に深い思索を促す作品であり、美術史における重要な位置を占めています。デューラーの芸術的な才能と、当時の思想や文化が複雑に絡み合ったこの作品は、今日でも多くの人々を魅了し続けています。

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