メンター (人工衛星)

メンター（ORION）

メンター（英：Mentor）は、アメリカ合衆国によって静止軌道上で運用されている、信号諜報（シギント）を目的とした一連の偵察衛星（通称スパイ衛星）シリーズです。この衛星群は、主に地上の通信を衛星から直接傍受する「OVERHEAD」と呼ばれる情報収集活動を行っていると考えられています。

その開発はアメリカ国家安全保障局（NSA）と中央情報局（CIA）の共同で行われましたが、名目上の所属は国家偵察局（NRO）とされているものの、実際の運用はNSAが担当していることが、エドワード・スノーデン氏がリークしたとされる資料などから明らかになっています。

このシリーズに属する衛星は、民間の軍事アナリストやアマチュア観測者たちの分析に基づき、直径が100メートルを優に超える巨大な受信アンテナを備えていると推測されています。このアンテナは、細い金属ワイヤーの網で構成され、打ち上げ時には折りたたまれて宇宙で展開されます。

名称

これらの衛星シリーズの正式名称は、米国政府によって公式に公表されていません。「メンター」という呼称は、情報漏洩や伝聞に基づき、民間の軍事専門家やアマチュア観測者が便宜上使用している通称です。軍事アナリストの間では、「発展型オリオン」（Advanced Orion）と呼ばれることもあります。

2013年8月、ワシントン・ポスト紙は、スノーデン氏のリーク資料に含まれていた米国政府の2013会計年度諜報プログラム予算説明書の内容を報じました。この資料には複数のスパイ衛星の名称が記載されており、そこから「メンター」に該当する衛星の正式名称が「ORION」である可能性が非常に高いことが判明しました。

特に、資料中の高高度シギント衛星に関する予算項目（p167）には「ORION 7」という名称が登場し、その予算が2011会計年度で終了していることから、この年度内に打ち上げられたことを示唆していると考えられます。メンター5は2010年11月21日に打ち上げられており、これがORION 7に対応すると考えると整合性が取れると推測されています。

世代別の特徴

第1世代衛星

CIAの資金提供を受けて開発された初期の3基は、1995年から2003年にかけて、フロリダ州のケープカナベラル空軍基地からタイタンIV-AまたはタイタンIV-Bロケットと追加されたセントールロケットを用いて打ち上げられ、静止軌道に投入されました。これらは、先行するマグナム/オリオン衛星ネットワークの代替を意図していたと考えられます。

使用されたロケットの静止軌道投入能力から、これらの第1世代衛星の質量は4,700 kgから5,700 kg程度と見積もられています。やはり直径約100mクラスの巨大な受信アンテナを持つと推測されています。

これらの衛星の具体的な任務や能力は高度な軍事機密として一切公表されていません。初期の同種衛星であるRhyolite/AquacadeシリーズはTRW社製とされていますが、「メンター」の製造元は明らかにされていません（ノースロップ・グラマン・スペース・テクノロジー社が有力視されています）。

第2世代衛星

第1世代最後の打ち上げから約5年半後の2009年1月18日、秘密衛星USA-202 (NROL-26)がデルタIV Heavyロケットで打ち上げられ、静止軌道に投入されたことがアマチュア観測者によって確認されました。デルタIV Heavyの静止軌道投入能力は約6,300 kgであり、USA-202は静止衛星としては最大級の質量を持つことから、これがメンターの次世代機（メンター4）ではないかと推測されました。第1世代に比べて1トンほど重くなっていることから、受信アンテナがさらに巨大化（直径100mを大きく超える）した可能性が指摘されました。

その後もデルタIV Heavyを使用し、USA-223（メンター5、2010年）、USA-237（メンター6、2012年）、USA-268（メンター7、2016年）、USA-311（メンター8/オリオン10、2020年）が静止軌道へ投入されており、これらもメンターの第2世代衛星と考えられています。特にメンター5については、当時の国家偵察局長が「世界でもっとも大きな衛星」と発言したことが、アンテナ巨大化の推測を裏付けるものと考えられています。

第2世代衛星についても、任務内容や能力、製造者は一切公表されていません。メンター7とメンター8の間には約4年半の期間があり、設計が初期の第2世代から大きく変更されている可能性も指摘されています。

メンター4の特殊な運用

メンター4（USA-202）は、打ち上げ直後の静止軌道上、東経100度付近から西へゆっくりと移動し、アフリカ東岸上空の東経44度まで大移動するという、他のメンター衛星には見られない特異な行動がアマチュア観測で明らかになりました。この行動の理由も、スノーデン氏のリーク資料によって解明されています。

資料によると、メンター4は当初、オーストラリアの米豪共同管制施設「パインギャップ局」がコントロールしていましたが、西進後に英国の米英共同管制施設「英空軍メンウィズヒル局」へ管制が引き継がれ、情報収集を開始しました。西へ移動しながら約1ヶ月半にわたり中国国内のマイクロ波通信の見通し線の位置を探り、さらに西進して東経44度で定位置に到着後、アラブ首長国連邦（UAE）の通信衛星Thuraya 2に接近し、VSATシステム「スラーヤ」衛星電話システムの盗聴を行いました。この盗聴では、イラク、シリア、レバノン、イラン、パキスタン、アフガニスタンなど中東地域の約5000局のVSAT子局を傍受し、その位置特定に成功しています。

メンター4の到着後、その位置に元々いたメンター2が西へ移動し、最終的に西経14.5度を定位置として、中東、北アフリカ、ラテンアメリカの通信傍受を担当するようになりました。

他国の通信衛星に接近して盗聴するこのような活発な移動と行動は、別のシギント衛星シリーズ「ネメシス」が行う任務と類似しており、メンター4の行動はシリーズ内でも特殊な例とされています。

メンター4によるThuraya 2衛星の盗聴は、対テロ戦争における中東（特にイエメン）でのドローンを用いた標的型攻撃において、テロ組織幹部等の通信記録を追跡し、その現在位置を特定する「GHOSTHUNTER作戦」に活用され、ドローン操縦者に情報を提供する役割を担いました。この作戦では、英空軍メンウィズヒル局がメンター4やネメシス1（PAN）を含む偵察衛星の運用と、収集された情報の分析において中心的な役割を果たしました。

地上からの観測

メンター衛星の巨大な受信アンテナは、光の反射率が低い設計のため、地上からの可視性は低いと考えられています。しかし、それでも8等星程度の明るさで見え、恒星とは異なる動きをするため、数秒間の露光で撮影・識別が可能です。また、大型の天体観測用望遠鏡であれば、おおよその形状を観測することも可能とされています。

実際に、2002年4月には日本の全国紙などで、日本スペースガード協会が岡山県の観測所で、東経120度付近の静止軌道上に直径50m級の巨大物体を発見したという趣旨の記事が掲載されました。この物体はNORADの衛星公開リストに無く、常に軌道制御されていることから、メンターかその前身であるマグナム/オリオンのいずれかである可能性が高いと考えられました。観測された直径が推測値（約100m）と異なる点については、光を反射しやすい一部のみが観測されたためであり、実際の衛星全体はより大きい可能性があると説明されています。

打上記録

このシリーズの衛星は、全てフロリダ州のケープカナベラルから打ち上げられています。

第1世代:
メンター1 (USA-114, NROL-1)：1995年5月14日、タイタンIV-A/セントール
メンター2 (USA-139, NROL-7)：1998年5月8日、タイタンIV-B/セントール
メンター3 (USA-171, NROL-12)：2003年9月2日、タイタンIV-B/セントール
第2世代:
メンター4 (USA-202, NROL-26)：2009年1月18日、デルタIV Heavy
メンター5 (USA-223, NROL-32, ORION 7)：2010年11月21日、デルタIV Heavy
メンター6 (USA-237, NROL-15)：2012年6月29日、デルタIV Heavy
メンター7 (USA-268, NROL-37)：2016年6月11日、デルタIV Heavy
メンター8 (USA-311, NROL-44, ORION 10)：2020年12月11日、デルタIV Heavy

関連項目

軍事衛星
偵察衛星
シギント (信号諜報)
ファイブ・アイズ
国際的監視網
RAFメンウィズヒル
* パインギャップ

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