モエリス湖

モエリス湖

モエリス湖は、かつてアフリカ大陸北部、現在のエジプト領内、カイロの南西約80キロメートルに位置するファイユームオアシスの北西部に広がっていたと考えられている古代の淡水湖です。その面積は推定で1,270平方キロメートルから1,700平方キロメートルにも及びました。この湖は古代エジプト文明と深く結びついており、特に紀元前2300年頃にはナイル川と結ぶための大規模な運河が建設されるなど、治水や農業の面で重要な役割を果たしました。

歴史

モエリス湖の形成には、数百万年にわたる地質学的なプロセスが関わっています。中新世の終わり頃、地中海が一時的に干上がる「メッシニアン塩分危機」の後、地中海が再び水で満たされると、ナイル川の流れる峡谷も海水が遡上して細長い湾となりました。長い時間をかけて、この湾にはナイル川によって運ばれた大量の泥が堆積し、現在のナイル川流域が形成されます。その結果、ナイル川の洪水時にはファイユームの窪地に水があふれ込み、自然な形で湖が誕生したのです。

湖の存在を示す最初の記録は、紀元前3000年頃、エジプトのメネス王の治世に遡ります。湖のほとりには新石器時代の居住跡が見られ、南側の高台にはシェデットという町が発展しました。しかし、初期の湖はナイル川の洪水によって一時的に水が溜まる場所という側面が強かったと考えられています。

転機となったのは紀元前2300年頃のことです。当時のファラオ、特にアメンエムハト3世またはその父センウセレト3世の治世下で、ナイル川からこの自然の湖へと通じる水路が拡幅され、運河として整備されました。この運河は、現代でもバハル・ユセフ（「ヨセフの川」の意）として知られています。この壮大なプロジェクトの目的は主に三つありました。第一に、ナイル川の過剰な洪水を制御し、下流域の被害を軽減すること。第二に、乾季には湖に貯めた水をナイル川に供給し、水量を維持すること。そして第三に、周辺地域の農地への灌漑用水を供給することです。

古代エジプトの中王国時代を中心に、約12の王朝にわたり、ファラオたちはこの自然の湖を巨大な貯水池として改良する工事を続けました。その結果、湖はまるで人工的に掘られたかのような印象を与えるほどになり、当時の地理学者や旅行者によってそのように記述されています。しかし、紀元前230年頃から、ナイル川の最寄りの支流が縮小し始めたことに伴い、湖は徐々にその機能を失い、最終的に放棄されていきました。

自然環境

モエリス湖は淡水湖であったため、古代においては淡水魚の漁業、特にテラピア漁が行われていたと考えられています。また、この地域からはメリテリウム（古代のゾウの一種）のような絶滅した哺乳類の化石も発見されています。ちなみに「メリテリウム」という名は、「モエリス湖の獣」を意味します。

現在、モエリス湖そのものは消滅していますが、その全てが失われたわけではありません。かつての湖の南西端にあたる約202平方キロメートルの領域が、塩水湖であるカールーン湖（Birket Qarun）として現存しています。カールーン湖の湖面は海面下43メートルの地点にあり、周囲とは異なる独特の環境を形成しています。一帯には多様な生物が生息しており、88種の水鳥を含む鳥類、12種以上の魚類のほか、リムガゼル、ドルカスガゼル、シマハイエナ、アカギツネ、ビーバー、クーズー、ヌーといった哺乳類や、数種類の爬虫類などが確認されています。この豊かな生態系が評価され、2012年にはラムサール条約登録湿地となりました。

名称とその変遷

「モエリス」という名は、古代エジプト語で「大きな運河」を意味する「mer-wer」が、古代ギリシャ語に借入されて成立したと考えられています。興味深いことに、この大規模な運河整備事業を主導したとされるアメンエムハト3世自身も「モエリス」という名で知られていた時期があります。古代エジプトにおいては、この湖は単に「湖」や「澄んだ湖」、さらには神話と関連付けられた「オシリスの湖」など、さまざまな名称で呼ばれていました。

エジプト中王国時代には、「mer-wer」という言葉は湖自体だけでなく、その周辺一帯の地域をも指すようになりました。同様に、後期エジプト語で「海」を意味する「Piom」という単語も、元々はモエリス湖のみを指していましたが、次第に湖畔の町であるクロコディロポリス（現在のファイユーム）をも含むようになり、最終的には地域全体を意味する言葉として定着しました。

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