メッシニアン塩分危機

メッシニアン塩分危機：地中海の干上がりと復活

今から約596万年前から533万年前の中新世後期、メッシニアン期に発生したメッシニアン塩分危機は、地中海の歴史における劇的な出来事です。この期間、地中海はほぼ完全に干上がり、かつては豊かな海洋生物が生息していた海は、塩分濃度の高い超塩湖へと姿を変えました。

原因：閉ざされた海と干上がる運命

この大規模な干上がりの原因は、ジブラルタル海峡の閉鎖にあります。地殻変動により、大西洋と地中海を繋ぐ唯一の通路であったジブラルタル海峡が遮断されたのです。これにより、大西洋からの海水供給が途絶え、地中海は閉鎖された海となり、蒸発によって徐々に水位が低下していきました。残された海水は、通常の海水の3.5%をはるかに超える高濃度の塩分を持つ超塩湖となり、多くの海洋生物は生存不可能な環境となりました。この劇的な環境変化は、地中海に生息していた生物相に大きな影響を与え、多くの種の絶滅や、新たな環境への適応を迫る要因となりました。生き残った生物たちは、限られた水域で厳しい生存競争を繰り広げたことでしょう。さらに、この干上がりによって動物たちの移動も活発化し、陸路で移動可能な生物たちは新たな生息地を求めて移動したと考えられます。

研究の歴史：地層が語る過去の出来事

メッシニアン塩分危機の存在は、19世紀にスイスの地質学者、古生物学者であるカール・マイヤー・エイマーによる研究が端緒となりました。彼はシチリア島のメッシーナ近郊で発見された石膏層の化石を分析し、それが中新世末期のものであることを突き止めました。この地層から、メッシニアン期という地質時代が命名されたのです。その後、地中海沿岸各地で発見された岩塩や石膏の地層が、全て同時期に形成されたものであることが明らかになり、メッシニアン塩分危機は地質学的な事実として確立していきました。1970年代には、深海掘削船グローマー・チャレンジャーによる調査によって、蒸発によって形成された蒸発岩や石膏が発見され、地中海の干上がりと超塩湖形成という仮説が裏付けられました。これらの堆積物からは、当時の環境や生物の様子を窺い知る貴重な情報が得られています。

ジブラルタル海峡閉鎖のメカニズム：様々な説

ジブラルタル海峡閉鎖の原因については、いくつかの説が提唱されています。一つは、アフリカ大陸の北上によるヨーロッパ大陸との衝突が、海峡を閉塞させたという説です。もう一つは、ジブラルタル海峡周辺の海洋地殻が上昇し、徐々に海峡が狭まり閉ざされたという説です。これらの説は相互に排斥するものではなく、複数の要因が複合的に作用して海峡の閉鎖が起きた可能性も考えられます。更なる研究によって、この重要なイベントの全容解明が期待されます。

紅海との関連性：同時多発的な干上がり？

興味深いことに、地中海と同様に、紅海においてもメッシニアン期に同様の干上がりの現象が発生した可能性が指摘されています。紅海はスエズ地峡で地中海とつながっていましたが、インド洋とは隔絶されていたため、地中海と同様に海水流入が止まり、干上がってしまったという説です。もしこの説が正しければ、メッシニアン塩分危機は、地中海に限らず、より広範囲に影響を及ぼした大規模な気候変動イベントであった可能性が考えられます。

ザンクリアン洪水：地中海の復活

メッシニアン塩分危機は、ザンクリアン洪水と呼ばれる大規模な海水流入によって終息しました。地殻変動などによってジブラルタル海峡が再び開通すると、大量の大西洋の海水が地中海に流れ込み、干上がった地中海は再び海へと姿を変えたのです。この劇的な水位上昇は、現在の地中海を形成する上で極めて重要な役割を果たしました。

メッシニアン塩分危機は、地球史における大規模な環境変動の一例であり、過去の気候変動や地殻変動の解明に重要な手がかりを与えてくれます。また、このイベントは、生物の進化や生物地理学、そして現在の地中海の環境形成にも深く関わっています。今後の研究によって、この謎めいた出来事の全貌がより明らかになることが期待されます。

もう一度検索