モンゴルのセルビア・ブルガリア侵攻

モンゴルのセルビア・ブルガリア侵攻：1242年の激震

1242年春、バトゥとカダアン率いるモンゴル軍は、ハンガリー王国での勝利に続き、セルビア王国と第二次ブルガリア帝国に侵攻しました。この一連の戦闘は、「バトゥの西征」の一部を成し、バルカン半島におけるモンゴル帝国の勢力拡大に大きな影響を与えました。

侵攻の背景：複雑な国際関係

モンゴル侵攻以前、バルカン半島では複雑な国際関係が形成されていました。ハンガリーとセルビアは敵対関係にあり、セルビア王ステファン・ヴラディスラヴはブルガリアと反ハンガリー同盟を模索していました。しかし、モンゴルの脅威が迫る中、ハンガリーとブルガリアは関係改善へと動きます。これは、両国がモンゴル侵攻という共通の脅威に直面し、軍事同盟を模索した可能性を示唆しています。

さらに、モンゴル侵攻の背景には、キプチャク人（クマン族）の動向も深く関わっていました。1239年にモンゴルに征服されたキプチャク人の一部は、ハンガリー王ベーラ4世の庇護を受けました。しかし、キプチャク人の指導者コテンの暗殺後、多くのキプチャク人はブルガリアへと逃れ、再び避難所を求めました。モンゴル軍のブルガリア侵攻は、このキプチャク人を受け入れたブルガリアへの懲罰という側面も持っていたと推測されています。

セルビア侵攻：略奪と破壊

カダアン率いるモンゴル軍はハンガリー侵攻後、南下し、ボスニア、ゼタ地方（現在のモンテネグロとアルバニア北部）へと侵攻しました。ボスニアではハンガリー勢力を駆逐し、ゼタではコトルやスヴァチュ、ドリシュトなどの都市を破壊しました。スプリトのトーマス副司教の記録によると、モンゴル軍はゼタを徹底的に破壊し、セルビア全土を制圧した後、ブルガリアへと進軍したとされています。しかし、セルビア本国への侵攻の詳細については、史料が乏しく、襲撃と略奪が晩春までに終わったと推測されています。ベオグラードがモンゴル軍に占領された可能性も示唆されており、1241年または1242年の出来事だと考えられています。

ブルガリア侵攻：広範囲な破壊と抵抗

カダアン軍はブルガリアでバトゥ率いる本隊と合流しました。考古学的証拠から、1242年頃、ブルガリアの中部と北東部で広範囲な破壊が発生したことが判明しています。いくつかの史料がモンゴル軍のブルガリア侵攻について触れていますが、詳細は不明瞭です。しかし、セルビアから来たカダアン軍とドナウ川を渡ってきたバトゥの軍隊、もしくはボチュク率いる軍隊の二つの軍が同時にブルガリアに侵攻したことは確実です。

タルノヴォやアンキアルスといった都市が攻撃されたこと、そして、ブルガリア軍がモンゴル軍に勝利したという報告も存在します。これらの勝利は、モンゴル軍が山岳地帯での戦闘に不慣れだったことによるものと考えられています。また、モンゴル軍は撤退前に捕虜を虐殺したという記録も残されています。

侵攻の影響：長期にわたる従属関係

1253年、ウィリアム・ルブルックはモンゴルの首都カラコルムで、ブルガリアがモンゴル帝国に貢物を納めていたことを確認しました。この貢納は1242年の侵攻以降に始まったと推測されていますが、その開始時期や詳細については不明な点が多く残されています。ブルガリアはモンゴルの宗主権下に入ることで破壊を免れたという説と、襲撃は避けられなかったという説があり、議論が分かれています。

1242年の遠征により、ジョチ・ウルスの勢力圏はドナウ川にまで及びました。その後もブルガリアはモンゴルの支配下に置かれ、1267年のモンケ・テムルの遠征にも兵力を提供するなど、長きに渡りモンゴルと複雑な関係を維持することになります。14世紀後半まで貢納が続いた記録もあり、ブルガリアの歴史に大きな影を落としました。

モンゴルのセルビア・ブルガリア侵攻は、モンゴル帝国の西アジア、ヨーロッパ侵攻における重要な局面であり、バルカン諸国の歴史に大きな影響を与えた出来事でした。その詳細については、今後の研究が待たれます。

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