モンゴルのラテン帝国侵攻

モンゴル帝国によるラテン帝国侵攻：1242年の出来事とその後

1242年夏、モンゴル帝国の軍勢がラテン帝国へと侵攻しました。この侵攻は、同時期にブルガリアを攻撃していたモンゴル軍の別働隊によるものと考えられています。ラテン帝国皇帝ボードゥアン2世は、この侵攻に対抗して戦いを挑みました。最初の戦闘では勝利を収めたと伝えられていますが、その後はモンゴル軍に敗北を喫したとされています。

戦いの詳細：不明な点が多い史実

両軍の戦闘が行われた正確な場所は、トラキア地方であったと推測されていますが、史料の不足により詳細は不明です。具体的な戦場となった地名についても、確かな情報はありません。限られた一次史料からは、戦闘の様子や経過、損害規模など、多くの謎が残されています。

主な一次史料としては、1327年頃に編纂された『匿名のオーストリア年代記』が挙げられます。この年代記は、モンゴルの侵攻を1243年としている点に誤りがありますが、モンゴル軍のラテン帝国への侵攻について記した貴重な記録です。他の史料では、シリア正教会のバル・ヘブラエウスの記述が1242年のブルガリアとトラキアへのモンゴル侵攻に触れていますが、年代を1232年と誤っています。

西ヨーロッパの史料にも、この侵攻に関する記述が見られます。ガーランドのジョンが1252年頃に著した叙事詩『教会の勝利について』では、モンゴル帝国の拡大によって犠牲となった地域の中にトラキアが挙げられており、ボードゥアン2世が戦死したと解釈できる記述があります。ただし、これは史実とは異なる可能性があり、ボードゥアン2世の死に関する噂が西ヨーロッパに広まっていたことの裏付けとして捉えるべきでしょう。フィリップ・ムースケの『押韻年代記』にも、1242年にギリシャから皇帝の死の報せがフランスの宮廷に届いたという記述があります。この噂を受け、ボードゥアン2世の妹と結婚していたアカイア公ジョフロワ2世は、コンスタンティノープルで王位を奪取しようと試みました。

侵攻の背景：キプチャク人の庇護

ボードゥアン2世は、1239年にキプチャク人（クマン人）の一派と同盟関係を結んでいました。モンゴルのキプチャク草原侵攻から逃れてきたキプチャク人を保護していたことが、モンゴルの侵攻の要因の一つと考えられています。モンゴル軍は、キプチャク人を庇護するボードゥアン2世を討伐するためにラテン帝国へ侵攻した可能性が高いです。

ボードゥアン2世は1242年2月12日と1243年8月5日に、それぞれフランス王ルイ9世とルイ9世の母ブランシュ・ド・カスティーユに書簡を送っています。これらの書簡は、モンゴル軍の侵攻がこれらの日付の間に起きたことを示唆しています。史料からは、戦闘がギリシャで行われたことしか分かっていません。「ギリシャ」は当時の広義の用語であり、ラテン帝国やビザンツ帝国が主張する全ての領土を含みます。そのため、ラテン帝国領でブルガリアと国境を接するトラキアが戦闘地であった可能性が高いです。

『匿名のオーストリア年代記』によると、ボードゥアン2世はモンゴル軍と2回の戦闘を行ったとされています。歴史家たちの間では、これらの戦闘の解釈にいくつかの見解があります。ボードゥアン2世が最初に勝利したのは、モンゴル軍の先遣隊であったキプチャク人を撃破したためであるという説や、2回の戦闘は実際には1つの戦闘の2つの段階であり、モンゴル軍の巧妙な戦術に敗れたという説などがあります。また、ボードゥアン2世がキプチャク人の同盟者の防衛のために戦ったという説や、ブルガリアの支配者の援軍として戦ったという説も存在します。

敗北とその後：モンゴルへの服属

敗北後、ボードゥアン2世は捕虜になった可能性があり、これが彼の死の噂につながったと考えられます。その後、彼はモンゴルの支配を受け入れ、貢物を支払うことで解放されたと考えられます。1251年から1252年には、ボードゥアン2世はモンゴル帝国と服属関係を結び、使者をカラコルムに派遣しています。1253年には、フランシスコ会の宣教師ウィリアム・ルブルックに推薦状を与えています。

このモンゴルによるラテン帝国への侵攻は、翌1243年のキョセ・ダグの戦いに影響を与えたと考えられます。キョセ・ダグの戦いでは、モンゴル軍がルーム・セルジューク朝に圧勝しました。この戦いの前年、ボードゥアン2世はセルジューク朝と同盟関係を結んでいましたが、この敗北によってラテン帝国は弱体化し、ニカイア帝国のヨハネス3世の立場は相対的に強化されたと言えます。

結論

モンゴルによるラテン帝国侵攻は、一次史料の不足からその全貌は明らかになっていませんが、エーゲ海世界の勢力図を大きく変えた重要な出来事であったと言えます。この侵攻は、ラテン帝国の衰退と、ニカイア帝国やモンゴル帝国の台頭を促すきっかけとなりました。今後の研究により、この侵攻に関する新たな史料や知見が発見されることが期待されます。

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