ヤグノブ人

ヤグノブ人は、中央アジアのタジキスタン共和国に主に居住する、古代ソグド人の血を受け継ぐ少数民族です。彼らは自らを「ヤグノビー（yaγnōbī́t）」と称し、タジク語ではヤグノビホ（яғнобиҳо）と呼ばれます。その主な居住地は、タジキスタンの北部、ソグド州に位置するヤグノブ渓谷の上流域を中心に、クール川やバルゾブ川沿いの地域に点在しています。かつて中央アジアに広く栄えたソグディアナの住民、すなわちソグド語を話した人々の直接の子孫であると考えられています。

ヤグノブ人は、イラン語派に属する独自の言語、ヤグノブ語を話します。この言語は、古代中央アジアの主要言語の一つであったソグド語が直接変化したものであると学術的には見なされており、「現代ソグド語」とも称されることがあります。ヤグノブ語は、歴史的な変遷を経てはいるものの、ソグド語の多くの特徴を現代に伝えている貴重な言語資源です。

現在のヤグノブ人の総人口は、およそ2万5000人と推定されています。この数字は、歴史的な出来事や社会の変化によって変動してきました。

ヤグノブ人の伝統的な生活は、厳しい自然環境に適応した生業に根差しています。彼らは主に農業を営み、大麦や小麦といった穀物、そして多様な豆類を栽培してきました。また、牛やロバといった家畜の飼育も伝統的な活動の一つです。文化的な側面では、古くから伝わる手工芸が継承されています。男性は主に織物製作に従事し、女性は土器などの陶器を生産してきました。これらの手仕事は、彼らの生活に不可欠な道具や装飾品を生み出すだけでなく、独自の文化やアイデンティティを形作る要素ともなっています。

ヤグノブ人の歴史は、古代中央アジアのソグディアナに深く結びついています。しかし、8世紀にイスラム勢力がこの地へ侵攻し、ソグド人が敗北した結果、その一部はより安全を求めて人里離れた高地の渓谷へと移り住みました。これが、現在のヤグノブ人の祖先と考えられています。

宗教的には、彼らは主にイスラム教スンナ派を信仰していますが、その信仰の中には、イスラム化以前にソグド人の間で広く信仰されていたゾロアスター教をはじめとする古来の宗教や信仰体系からの要素が、形を変えていまなお色濃く残されていると言われています。

20世紀に入っても、ヤグノブ人の暮らすヤグノブ渓谷などの地域は、外部世界との接続が乏しく、道路や電力といったインフラが整備されない隔絶された環境にありました。ソビエト連邦時代には、特に過酷な試練がヤグノブ人を襲います。1930年代の大粛清では多くの人々が迫害され、故郷を離れざるを得ませんでした。そして、1957年から1970年にかけて行われた強制移住は、ヤグノブ人の歴史において最も衝撃的な出来事の一つとされています。この政策により、彼らは故郷の山岳地帯から、タジキスタンのステップ気候の低地へと強制的に移されました。これは、彼らの伝統的な生活様式や社会構造に甚大な影響を与えました。

ソビエト連邦の体制が変化する中で、1983年頃から一部のヤグノブ人が故郷であるヤグノブ渓谷への帰還を始めました。しかし、この強制移住とその後の社会変動は、ヤグノブ人の共同体に深い分断をもたらしました。低地にそのまま留まることを選んだ人々の中には、学校教育などでタジク語が用いられる環境に置かれたことにより、タジク人との同化が進む傾向が見られます。一方、ヤグノブ渓谷に帰還した人々の多くは、いまだに外部のインフラから隔絶された、かつての伝統に近い生活を続けています。電力供給や道路アクセスが限られる中で、彼らは厳しい自然と共に生き、独自の言語や文化を守り継ごうとしています。ヤグノブ人のアイデンティティは、このような歴史的な苦難と、故郷への愛着、そして独自の言語と文化によって、複雑な形で形成され維持されています。

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