ヤコブ・ギンペル

ポーランドに生まれたヤコブ・ギンペル（1906年4月16日 - 1989年3月12日）は、主に後半生をアメリカ合衆国で送り、ピアニストそして音楽教師として国際的に活躍しました。レンベルク（現ウクライナ領リヴィウ）で生を受けた彼は、音楽家としての才能を早期に開花させます。

その音楽教育は、まず父であるアドルフからピアノの手ほどきを受けたことに始まりました。その後、彼はコルネリア・タルノフスカとエドゥアルト・シュトイアーマンにピアノの指導を仰ぎ、さらに音楽理論をあの高名な作曲家アルバン・ベルクから学びました。これらの質の高い教育は、彼の芸術家としての礎を築きました。

ピアニストとしての正式なデビューは1923年、ウィーンで華々しく飾られました。この記念すべき舞台で、彼はピエール・モントゥーが指揮するコンセルトヘボウ管弦楽団と共演し、セルゲイ・ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」を演奏しました。この成功により、彼は国際的なキャリアをスタートさせることになります。

ソロ活動と並行して、ヤコブ・ギンペルは優れた室内楽奏者としても名を馳せました。彼はブロニスワフ・フーベルマン、エリカ・モリーニ、ナタン・ミルシテインといった当時の錚々たる音楽家たちと共演し、世界各地で演奏旅行を行いました。特にヴァイオリニストである弟のブロニスワフ・ギンペルとは頻繁に共演し、兄弟ならではの息の合った演奏を披露しました。また、1937年にはブロニスワフ・フーベルマンがパレスチナ交響楽団（後のイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団）を設立する際に、その実現に向けて支援を惜しまなかったことも特筆されます。

1938年、ヤコブ・ギンペルはアメリカ合衆国に渡り、ニューヨークに居を構えた後、ロサンゼルスへと移り住みました。この地で、彼はユニークなキャリアを築くことになります。それは、ハリウッド映画界におけるピアノ演奏の吹き替えという仕事です。彼は、往年の名作とされる『ガス燈』、『失われた心』、『忘れじの面影』といった劇映画だけでなく、クラシックアニメーションである『ラビット狂騒曲』や、『トムとジェリー』シリーズの一編「ワルツの王様」など、幅広いジャンルの作品でその卓越したピアノテクニックを披露しました。彼の演奏は、映像作品に豊かな音楽的彩りを与えました。

第二次世界大戦が終結した後、アメリカに亡命していた数多くのヨーロッパ出身芸術家の中で、ヤコブ・ギンペルは比較的早くヨーロッパへ戻り、演奏活動を再開した一人でした。特に1954年には、西ドイツで大規模な演奏会を成功させ、再び欧州での存在感を示しました。

ピアニストとしての活動に加え、彼は教育者としても音楽界に貢献しました。1971年から1986年にかけて、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校で教授を務め、多くの若い音楽家たちの指導にあたりました。

ヤコブ・ギンペルは音楽一家の一員でした。兄のカロルも指揮者やピアニストとして活動し、弟のブロニスワフは世界的に著名なヴァイオリニストでした。兄弟間の絆は深く、特に弟ブロニスワフとはしばしば共演しましたが、1979年5月9日にロサンゼルスで予定されていた共同リサイタルは、その数日前にブロニスラフが急逝したため実現しませんでした。深い悲しみの中、ヤコブ・ギンペルは弟を追悼する演奏会を開催し、その魂に捧げる演奏を行いました。

長年にわたる音楽界への貢献と功績に対し、ヤコブ・ギンペルは西ドイツ政府とイスラエル政府から栄誉ある受勲を受けました。ピアニスト、室内楽奏者、映画音楽家、そして教育者として、ヤコブ・ギンペルは多岐にわたる活動を通じて音楽の発展に寄与した人物と言えるでしょう。

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